森林活動の原点は
ボルネオで見た熱帯雨林
水谷さんが環境に意識を向け始めたのは、なんと小学6年生のとき。通っていた塾の授業で、大気汚染や地球温暖化、石油の枯渇、海面上昇などの状況を知り、衝撃を覚えたと言います。
「子どもながらに『このままだとやばいじゃん!』って思ったのを今でも覚えてますね。それで何かアクションを起こしたわけではないけど、中学生、高校生になっても漠然と環境問題に対する意識はあって。なので、自ずと大学進学の際は環境について学べる学部を選びました」
就職活動も環境を軸に動き、環境プラント事業を手がける株式会社クボタへの内定を獲得。そんな大学4年の夏、水谷さんにとって現在の森林保全活動の原点ともいえる体験がありました。日本のNGO団体が企画したマレーシア・ボルネオ島で植林ボランティアを行う1カ月間のスタディツアーへの参加です。
「アジア最大の熱帯雨林はどれだけうっそうとしたジャングルのような場所なのだろうと、イメージ膨らませて現地に向かったんです。でも、実際目にしたのは木々が伐採されたはげ山や、太い丸太がトレーラーいっぱいに積まれて運ばれる様子でした。当時の僕は『熱帯雨林を伐採するのは悪だ』という信念を持っていたので、ショックでしたね」
しかし、ツアーの一環で見学した現地の製材工場がきっかけで、水谷さんはその考え方が変わりました。
「そこは、丸太を板に加工して、主に日本などへ輸出している工場でした。それをなりわいにしている人たちやそのご家族の姿を見て、木を使う側の先進国が頭ごなしに『木を切るな』と叫ぶのは、違うんじゃないかと思ったんです。それ以来、森林の伐採は経済と切り離せないし、そもそも木を切らずに生活を成り立たせるにはどんな方法があるだろうと、考えるようになりました」