言語を学べば
〝感覚〟もわかる?
その地域の文化や人々の精神性を体現するのが、言葉。人間と言葉は不可分であるからこそ、掘り下げると意外な発見があります。例えば、イザベラさんの母語であるイタリア語には「女性名詞」と「男性名詞」があり、これは日本語には全くない概念です。
「面白いもので、『インターネット』などの新しい言葉が出てくると女性名詞か、男性名詞か、という振り分けがもれなくついてくるんですよ」
別の言語を習得するということは、全く新しい脳みそをもう一つ持つことだと、イザベラさんは教えてくれました。
「頭の中では常に母語で考えて、それをいちいち翻訳しているのかとよく聞かれるんです。そうではなくて、外国語を習得すると〝感覚〟も一緒ついてくるので、その言語でしか表現できないものが分かります。翻訳ではそこが悩みどころ。日本語であれば、丁寧語のニュアンスや、どこで文章を切るか、という点が難しい。全く同じ意味にはできないので、ある意味、言語を裏切らなきゃいけない部分がどうしても出てきます」
だからこそ、10人の翻訳家がいれば10通りの翻訳が生まれるのが面白いところ。それは、日本の古典文学の現代語訳にも言えることです。
「その当時の人が実際どう思っていたのか、ということは想像するしかない。だから、たくさんの現代語訳や注釈本があります。当時の感覚で読むことはできないけれど、何かしらの意味はまだ残っていて、そこに普遍性もあるのが奥深い、と思います」