Interview
#40

発酵家で醸造家で蒸留家
新たなおいしさを求め
探究続ける先に見据えるもの

山口 歩夢さんAYUMU YAMAGUCHI

発酵家 醸造家 蒸留家

1995年生まれ、千葉県船橋市出身。家業であった建築の業界に進路を定めていたものの、高校時代に生物学に関心を持ち東京農業大学へと進み、同大学大学院卒業。在学中から酒造りに関わり、現在は、「The Ethical Spirits & Co.」「Join Earth」「Whiskey & Co.」の3社で活動。「Join Earth」が手がけるレストラン「ANTCICADA」ではメニューの開発、ドリンクのペアリングまで担当する。2021年、2022年にはForbesが選ぶ「世界を変える30歳未満の30人」のJAPAN部門、ASIA部門にも選出されている。
https://ethicalspirits.jp/

古代文明の時代から人類のくらしに存在していた、お酒。私たちの日常とは切っても切り離せない嗜好品です。そのお酒造りの世界に新しい風を吹き込んでいるのが、若干26歳のイノベーター、山口歩夢さん。小さい頃から、食べることが大好きだったという彼が提案するのは、手法の新しさだけでなく、食べる、飲むという人間の営みへのアプローチそのもの。昆虫食にまで裾野を広げる興味関心は、彼をどこへ連れて行くのでしょうか?

おいしいを育んだ
子供時代の記憶

「小さい頃から食べることが大好きでした。食べるって非常に普遍的な営みなので、わざわざ好き、と意識するのもちょっと変なんですけど。親に聞いたところによると、僕はお食い初めですりおろした桃を食べて、興奮して絶叫したみたいです(笑)」

こうした「食」への興味関心は、幼少期の数年間を福井県で暮らしていたのが原体験になっているのかもしれない、と山口さんは振り返ります。

「生まれは千葉県の船橋市出身なんですが、それと比べると、福井県はやっぱり食が豊かで、特に水産物が豊富でしたね。越前蟹でも地元でしか手に入らないカニをご近所からお裾分けしてもらったり、関東でなかなか手に入らない『黒龍』の大吟醸を、酒好きの母が喜んで飲んでいたり。4〜6歳頃の記憶だと思うんですけど、なんとなく覚えているんですよね」

山口 歩夢さんイメージ

その土地の魅力を反映する
ジンの奥深さ

山口さんの実家は日本橋で70年続く建築の内装会社で、将来、家業を継ぐことを期待されていました。

「大学の理工学部に内部進学できる高校に入学していました。そのまま、建築の仕事を目指そうと思っていたんですけど、生物の授業にハマってしまって」

親を説得し、東京農大に進学することに。入学後は調味料の研究、醸造の勉強もしつつ、蒸留酒学の授業で知ったのがジンの奥深さでした。

「衝撃的だったのが、ジュニパーベリー(※香り付けに用いるボタニカルの一種)という基軸がありながらも、色々な原材料をつかって作り手が様々な味を自己表現できる、というジンの自由度の高さです。酒屋で、『タンカレー』という伝統的なジンと、ジャパニーズ・ジンの元祖とも言われる『季の美』、当時世界的に流行していた『モンキー 47』の3つを買って飲んでみたんです。そしたら、あまりにも味が違うのでびっくりして」

ジンの魅力は、その土地の魅力を色濃く反映できること、作り手が自己表現できることだと言います。

「『季の美』に使われているのは、柚子、山椒、檜などまさに日本を代表するような原料です。他には、例えば南アフリカのジンによく使われているのは『デビルズクロー』というアフリカのハーブ。その国のことを知ることができるのが、すごく楽しいですよね」

山口 歩夢さんイメージ

人生の 〝おいしい〟を
増やす

学生時代から、数々の酒のベンチャー企業でインターンを経験し、開発にも携わってきた山口さん。大学院在学中の2020年に立ち上げた「The Ethical Spirits & Co.」では、産業廃棄物として捨てられてしまう酒粕からジンを製造する取り組みも。

「その土地の色を出せるのがジンの魅力ですが、東京にはご当地の産品は地方ほど無く、日本全国から集められたものを『消費』する場所になってしまっている。それを逆手にとってしまおうと」

こうした酒粕からのジンづくりの他、商品開発の立場で参画している「Join Earth」では、食のシフトを意識した昆虫食を提供しています。

「世界の人口が増え続けると、2050年頃には世界的な食糧危機が発生すると言われていて、昆虫食は持続可能な食に貢献するというイメージがあります。でも今、その割には乾燥と素揚げくらいしか調理法を提示できていません。僕は50年後に嫌々コオロギを食べるんじゃなくて、今日はうなぎだ!くらいのテンションで食べたいんですよ(笑)。僕らが掲げているミッションは、『人生の〝おいしい〟を増やす』ということ。おいしいという体験が増えればハッピーだし、特定の食べ物に偏っている負荷を分散させることもできます」

山口 歩夢さんイメージ
山口 歩夢さんイメージ
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ウィスキーで
地域を活性化

このように地球環境を守り、持続可能な食を──という思いはありつつ、一方で商品開発の時には、それを前面に押し出さないよう気をつけているそう。

「廃棄されるものを使っている、というプロセスは大切なことですが、まずはこのお酒を飲んだ人に『うまっ!』と思ってもらわないと。後から『へぇ、こういう取り組みやってるんだ』と気づくくらいのテンションがちょうどいい。環境にいいことって、自分のくらしの何かを犠牲にすることだと思われがちなので、楽しい体験を届けることが大事だと思います」

参画している3つ目の会社「Whiskey & Co.」では、現在、静岡県の三島市にウィスキーの蒸溜所を建設予定だとか。

「ウィスキーを起点に、地域を活性化させたいと思っているんです。現在、三島市ともタッグを組んでいます。参考にしているのは、埼玉県秩父市をウィスキーの聖地にして多くの人を呼び込むことに成功した『イチローズモルト』のような取り組み。三島市を足がかりに、全国各地に広げていきたい」

山口 歩夢さんイメージ
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時の流れに任せて
楽しんでいく

3つの会社に携わる山口さんは、脅威の週7勤務!

「月火で醸造、蒸留の作業、水曜日に全部の会社のミーティングを詰め込んで、金、土、日はANTCICADAの店頭に立ちます。学生時代からずっとこういう生活をしてきたので、わりと慣れてるんですよね。醸造酒を作るバイトをしつつ、細胞の研究のため深夜に研究室に行って細胞の様子をチェックしたりとか」

常にフル稼働している中で、山口さんが最もわくわくするのは、何かが完成した瞬間ではなく、いいアイディアを閃いた時や、完成に向けて考えている時だそう。

「あ、この香り使える! と新しい原材料に出会った瞬間などは、やっぱり楽しい。ただ、『好き』を仕事にしてしまった宿命で、辛い瞬間もあります。お酒を飲んでも『こうやって作ってるのかな』『狙いはこうかな』『度数あんまり感じさせないな』と色々考えてしまって、『これって楽しいのか?』と(笑)。他社のジンが美味しすぎて凹むこともありますし。でも、それでも曲げられないものがあるから続けられているんだと思います」

これまで、柔軟な発想でお酒造りに取り組んできた山口さん。今、思い描いている未来の姿も、常識にとらわれないものでした。

「僕、子どもの頃から将来の夢がコロコロ変わるタイプなんです。大学に入った後も、最初は杜氏に憧れたけど、醸造に飽きて、大手の飲料メーカーのマーケティング職や広告代理店がいいかも、と思ったこともあります。だから、ずっとお酒の仕事をやり続けます、とは言わないようにしてます。ある程度、時の流れに任せる余白があった方がいいし、一つに特化するより全部極めたい欲求もあります。今だって、蒸留家と醸造家を両方名乗るのは珍しいですが、クロスオーバーの時代ですし、この先も常識を覆しながら、いろんな手法をミックスしながら楽しんでいきたいですね」

山口 歩夢さんイメージ
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