Interview
#49

「自然」と「体」に目を向ける
養老孟司さんに聞いた
現代人のくらしに今必要なこと

養老 孟司さんTAKESHI YORO

1937年生まれ、神奈川県出身。東京大学医学部を卒業後、東京大学医学部附属病院での研修医を経て解剖学の道に進む。1981年から1995年まで東京大学医学部教授を務め、退官後名誉教授に。1989年、『からだの見方』でサントリー学芸賞を受賞。2003年に出版した『バカの壁』が大ベストセラーに。以降、著作、講演、テレビ出演など多数。昆虫採集が趣味で、現在は箱根の別荘「養老山荘」で昆虫の研究に勤しむ日々を送っている。
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養老孟司さんの『バカの壁』が出版されたのは2003年。その中では、人間が自らの身体の持つ自然や共同体を忘れ、画一化されていく「都市化」の弊害について語られていました。2022年の今、私たちをさまざまな課題が取り巻いています。情報化社会、気候危機、パンデミック。不安の多い社会の中で、どのように自分のくらしを見つめ直せば良いのか? 時代の流れと共に数々の変化を見つめてきた養老孟司さんにそのヒントを伺います。

虫取りで、
自然そのものと接する

現在、箱根の別荘を仕事の拠点としている養老孟司さん。建築家・藤森照信さんの手がけた山荘には気持ちの良い空気が流れ、窓からは青い山々が見渡せます。

10月の半ばから、昆虫採集でラオスに出かけるんです。1年のうち、多い時は3回ほど採集のため海外に滞在します。東南アジアが多いですね。虫を取っている時が一番わくわくするんですよ。自分から虫の住んでいる所に赴かないと見えてこない世界があります」

採集で肝心なのは、虫だけを見るのではなく、生息地の気温、湿度、日当たり、風向きなど、自然全体を見つめることだと言います。

「虫は自然の象徴です。みんながバカにして取らないような虫でも、捕まえて丁寧に調べるとちょっとした違いが見つかったりするんですよ。例えば、ゾウムシは日本に1600種類くらいいると言われています。一回の人生だと到底調べ尽くせないくらい種類がいますから、いくらでも新しい発見があって、それが楽しいんですね」

養老 孟司さんイメージ

今、都市で生きる私たちに
必要なこと

都市化の進行が止まらない中で、現代人が日常の中で自然に触れる機会はどんどん減っています。

「道も全部舗装されているでしょ。土が見えるのが嫌なんでしょうね。この前、講演に行ったとある文化会館の周辺を散策していたら、中庭があって綺麗に花が咲いていたけど、中庭は舗装されてしまっていて、全部プランターの花だった。自然というものを、そうやって恣意的にコントロールするものだと思ってるんです」

古来より自然の変化に寄り添い、共にくらしてきたはずの日本人の感性が変化したのは、明治維新以降。夏目漱石の『現代日本の開化』では、日本の近代化は欧米列強の影響を受けた外発的なものであって、内発的ではない、ということを指摘していました。

「漱石が言っていた『外発的』なやり方は、いいかげんこの国には合わなくなってきています。今までは、政府が上から号令をかけてきたわけだけれど、政治に関しての常識を変えるべきです。住んでいる人全体が見えるような小さなユニットでくらすのが一番いい。食料やエネルギーの確保も、各々が自分ごととして考える。東京みたいな大都市で今からその形を作るのは難しいかもしれないけど、必要なものは自分で手に入れる、という意識は大事なんじゃないですかね」

養老 孟司さんイメージ

なぜ「体」を見つめることが
大切なのか?

都市部では、くらしに欠かせない電気や水などのインフラ、食料などは県境を超え、あるいは海外からやってきます。

「東京だと、『自立』を『経済的自立』だけだと思っている人が多いでしょ。実は、今の都会っていうのは人間が自立できないようになってるんです。これから首都直下地震や南海トラフ地震は確実に起きると予測されているけど、エネルギー供給の構造に大きな課題があることは福島の原発事故でも明らかになっている。自分がいかに他者に頼って生きているかということに、人は日常が失われて初めて気づきます」
実は脆弱性を孕んでいる都市の中で、地に足をつけて生きていくことの大切さが浮き上がってきます。

「体の訓練──自分の『体』という自然を見つめて生きていくことも大事です。そうすると、禅だね。『直指人心 見性成仏(じきしにんしんけんしょうじょうぶつ)』。これは、座禅を組んで自らの本性を見極めることが悟りにつながる、という意味です。僕がやってる虫取りも、体を使わないとどうにもならない。こっちから虫のいるところに出向いて、山を歩きまわったり、網を振り回したり、葉っぱを叩いたりするんです。だから、今の子どもたちも、外へ出かけて行って、走り回るのが一番いいんですけどね」

養老 孟司さんイメージ

子どもに外遊びが必要な
本当の理由

現在、子どもたちを取り巻く状況について、養老さんは大きな危機感を覚えていました。

「親は子どもが外で遊んでいるのを見て、ただ『遊んでいる』と思っているかもしれないけれど、あれは学習なんです。成長の過程で脳みそがいろんなルールを拾って、体が動くようになっていく。今、ただでさえ外遊びが減っているのに、その上、学校でも椅子に座ってじっとしていろ、というのは酷ですよ。大声を出したり、うろうろ歩き回ったりするのは子どもの特徴じゃないですか。それをさせないのは、子どもを子どもとして見ないで、『小さな大人』として見てるからでしょう」
子どもが子どもでいられる環境でなくなっている。そのことが、近年の若年世代の生きづらさ、閉塞感にもつながっていると指摘します。

「子どもたちに、体を動かして、自然の中に出ていくことの大切さを知ってほしいと、『「じぶん」のはなし』という絵本も出しました。それから、有機で田んぼをやっている友人が、学校に行けない子どもを預かって農作業をしているそうで、最近その小中学生を8人連れてきて家の周りの木の枝を刈ってくれました。今、見晴らしがいいのはその子たちのおかげですよ。聞いてみたら、学校よりもこっちの方が楽しいって言う。だったら、それをやらせておけばいいんです」

養老 孟司さんイメージ

何ごとも、やってみなければ
わからない

数々の力強いメッセージを聞いていると、現代人がいかに、自分の頭の中で熱心に考えたことだけでルールを作り、くらしを成り立たせてきたかがわかります。

「ああすればこうなる、こうすればああなる、と現代人は思ってるでしょ。人間がいちいち手を加えなくてもいいことがたくさんあります。その辺りを判断するために、知恵が必要ですね。何を放っておいた方がいいのか、放っておかない方がいいのか。僕は、物事はだいたい成り行きでどうにかなると思っています。自分のくらしも、ぜんぜん規則正しくないですよ。気ままにやっています」

ものごとの因果関係に囚われ、がんじがらめになりがちな日々。本当に豊かなくらしとは何か、と考える時、養老さんの生き方は大きなヒントになります。

「だいたい、僕らの年代っていうのは、与えられたもので何でもやりくりしてきたもんですから。若い人に僕が『やってみなければわからないだろう』と言うと、『そんな無責任な』って言うんですよ。でも、結果が見えていることなんてやる必要ないですよ。やりながら微調整をして、それで上手くできるようになっていくのが面白いんです」

養老 孟司さんイメージ
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