Interview
#43

ジェンダーを越境した経験を持つ
自分だからこそできること
建築の力でくらしを豊かに

サリー楓さんKAEDE SARI

建築デザイナー・コンサルタント
モデル

1993年生まれ、京都府出身。福岡県育ち。8歳の時に建築家になることを志し、慶應義塾大学大学院で建築を学んだのち、現在は日建設計で働く。また、建築の仕事で目の当たりにした社会課題を発信するべく、モデルや文化人、ニュースコメンテーターとしても幅広く活躍。LGBTに関する情報発信や、講演も行なっている。パンテーンの「#PrideHair」キャンペーンの広告出演や、ドキュメンタリー映画『息子のままで、女子になる』が話題に。
https://www.kaedehatashima.com/

サリー楓さんは、大手建築設計事務所、日建設計で働く会社員。子どもの頃から「建築家になる」という夢を抱き続け、今まさに念願の建築の仕事に携わっています。そして、学生時代に社会的な性別を男性から女性に変えることを決意。トランスジェンダーの当事者として感じる社会課題を発信するべく、モデルとしても活動しています。ジェンダーを越境した葛藤を経て、今、楓さんが捉える自分自身の姿、そして、見据える未来の姿とは?

建築の現場で
試される力とは

大学院を卒業した楓さんが設計事務所に就職し、働き始めてから3年目。

「今携わっているのは、与件整理をして、どういう土地にどういうものを建てるとみんなが一番ハッピーになれるかを考え、ご提案するコンサルティングのお仕事が主です。小さい時は建物の絵を描いたらそれがそのまま建つと思っていましたが、実際、建築の仕事はとても関係者が多いんです。常にマクロとミクロの視点を持ちながら、調整していくことが大切」
これまで手がけてきたのは商業施設やオフィス空間。建設する場所から塗るペンキの種類まで、決めることは盛り沢山ですが、さまざまな立場の関係者の間を縫うようにしてコミュニケーションを取る必要があります。

「建物に投資する人も、注文してくれた人も、実際のエンドユーザーにとってもいい『三方よし』をいつも意識しています。領域横断的な発想が必要になりますが、これまでたくさんのボーダーを乗り越えてきた自分ならではの力が試されていると感じますね」

サリー楓さんイメージ

男らしさも、女らしさも、
自分らしさ

楓さんが女性というジェンダーを選び、生きることを決めたのは大学生の時のこと。

「最初はとにかく、ホルモンを打ったりすることで『男らしさ』を消すことに注力していました。すると今度はかえって『女らしさ』を求められるようになる。それはそれで生きづらいな、と」

男になるか、女になるかという「二元論」ではない、と実感し、取り入れるようになったのが「ジェンダーレス」の新しい考え方。

「従来の『ジェンダーレス』は、男らしさも女らしさも感じさせない、というイメージが強かったと思います。私もその考えに助けられたことがありました。でも最近は、男らしさ、女らしさの両方を勇気を持って取り入れ、生かしていくことが本質的なジェンダーレスなのでは、と思うんです」
それを意識してから、楓さんのファッションは大きく変わりました。

「昔は『女性らしい』ことと『自分らしい』ことが同じゴールでした。でも歳を重ねるにつれてその二つの間にある距離感がわかってきて、現在は、これまで一番避けてきたパンツルックや、ハンカチーフを入れたスーツスタイルを取り入れて、より自分らしくいられるようになったと思います」

最近出演したドライヤーのCMでこうした考え方を提案したところ採用され、男女それぞれの印象を取り入れたジェンダーレスな装いで出演しました。

「今、ほぼ100%建築の仕事をしていますが、この仕事をしているが故に社会に潜む課題を実感するタイミングが多くあります。そんな課題はどんどん社会に発信していきたい。それが、私のモデル活動の位置付けです」

サリー楓さんイメージ
サリー楓さんイメージ

カミングアウトした
経験が職場に

ジェンダーを越境した経験は、日頃の職場でのコミュニケーションにも生きているそう。

「これまで、社会人として『ほうれんそう』は意識してきました。でも、最近後輩や部下という立場の人が増えて気づいたのが、『ほうれんそう』って、上に立つ立場の人こそ気を付けるべきなんだ、ということです。つまり、報告しやすい、連絡しやすい、相談しやすい環境づくりを、上の立場の人が作らないといけない。もし部下や後輩が連絡を怠ったのだとしたら、それはチーム内に連絡しづらい空気を作ってしまった私の責任です」
楓さんはLGBTの就労支援にも携わったことがありますが、「ほうれんそう」がしやすい職場作りは、LGBTフレンドリーな職場作りと似ていると語ります。

「例えば、『今手があいてないんです』『実は妊娠して』『転職を考えていて』とオープンに言い合える職場はスムーズに仕事が進みます。それは結果的に、LGBTが『同性のパートナーがいて』『男性として扱われるのが嫌で』とカミングアウトしやすい環境でもあるんです。このようにチームの心理的安全について考えられるのも、自分がカミングアウトした経験が生きているのかな、と思います」

サリー楓さんイメージ
サリー楓さんイメージ

「〝面白い〟禁止令」で
鍛えられた思考法

さまざまな葛藤を乗り越えてきた楓さん。自分らしさを失わず、心身のコンディションを整えるために意識していることはあるのでしょうか。

「人生は取捨選択の連続ですが、今日自分が何を選ぶか、ということの判断基準が、過去の選択に捉われないように意識しています。自分が意外な選択をすることを楽しむ、というか。だから、『自分らしさ』を決めつけずに生きることが大事。自分らしさって、反対されても禁止されても、なおも譲れない、燃えて燃えて、それでも残った燃えかすの芯みたいなもので、外側にまとうものではないと思うんです」

過去の自分に捉われない柔軟な発想や思考法を育んでくれたのは、大学での学びも大きかったとか。

「仲間達の中に、『〝面白い〟禁止令』というのがあったんです。クリエイターの多くが、これはこうで面白かったですとか、それ面白いですねとか、『面白い』という言葉で終わらせて『なぜ面白いのか』という考察を言語化しない癖がある。だから、みんなで何か感想を言い合う時、言葉を尽くさず『面白い』と言ってしまったら500円が徴収されました。大学生なんてカップ麺で食い繋ぐみたいな生き物だから、500円って大金ですよね。(笑)。だからだいぶ鍛えられました」

サリー楓さんイメージ
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越境するデザインで、
くらしを変える

今後は、ジェンダーをはじめとするあらゆるマイノリティ性を意識せずに街の中でアクセスできる施設を増やしたい、という目標があります。

「この前友達と箱根に行った時、私はずっとトイレを我慢していたし、温泉にも入れなかったし、全然楽しめなかったんですね。SDGsでも『誰一人取り残さない』ということを掲げていますが、まさにそういう街づくりに貢献したいです」

その足がかりに、と考えたのがトイレ。現在、日建設計のプロジェクトとして、社屋の3階に試験的にトイレを設置しているそう。
「ジェンダーレストイレではなく、介護の時も、疾患をもっている人も、車椅子の人も助かる究極の未来のトイレを作ろうという発想です」

建築は、ボーダーを越えれば超えるほどいいものができる、と楓さんは教えてくれました。

「例えば、本を読む場所を作ってくださいと言われると図書館を作ってしまうし、本棚は普通こう並べるよね、と考えてしまう。私はそうした『ビルディングタイプ』に捉われない人間になりたいと思っています。建築には、人の行動、体験に影響を与える力があります。この仕事を通じて私たちのくらしをより良くしていくことに、これからも関わっていきたいです」

サリー楓さんイメージ
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