Interview
#31

人々の日常、仕事、文化を
捉え続けてきた絵本作家
描く喜びの今、これから

秋山 とも子さんTOMOKO AKIYAMA

絵本作家

1950年生まれ、東京都出身。新宿に生まれ、渋谷で育つ。女子美術大学付属中学校・高等学校、女子美術大学絵画科卒業。1978年から81年にかけてフランスのボルドーに滞在し、ボルドー市立美術学校で学ぶ。帰国後、1984年に『おとうさん』を発表。そのほか、主な作品として『はるちゃんひこうきにのる』(最新作)『はなび』『ただいまお仕事中』『ふくのゆのけいちゃん』『町たんけん-はたらく人みつけた』が知られる。人々のくらしや風俗に焦点を当てたスタイルが特徴。
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見開きを目一杯使い、大胆な構図で描かれる、家並みや商店街などの街の風景、仕事の様子。年齢も、性別も、さまざまな人々のくらしの様子が垣間見え、想像力が掻き立てられます。細やかながら、温かみのある筆致で多くの作品を手がけてきた絵本作家、秋山とも子さん。「何かを描いていないと寂しい」と語るほど、「描くこと」と「くらすこと」が密接に結びついています。そんな彼女の絵本の世界から、くらしの喜びを紐解きました。

読者と一緒に
絵本を作る感覚

「わたしはまるきり絵の人間なんです」

と語る秋山さんは、絵と文章を全て自分で制作してきた絵本作家。ストーリーはどのように構成していくのでしょうか?

「絵を描いているうちにストーリーが湧いてくるので、描きたいものが絵本になっていく感じですね。長い文章は書けないから、小さなリードの文章があって、登場する人たちにそれぞれセリフをつける、っていう方法がほとんど。読者も『この人は何をしているんだろう』『どんな人だろう』って興味を持ってくれる。だから、読者と一緒に本を作っている感じですよね」
秋山さんの絵本の中には、見開きを大胆に使い、街並みや建物の中の様子などを俯瞰図や断面図で描く手法がたびたび登場します。そこには、働く人、お母さん、子どもたち、おじいさんなど、たくさんの人たちの表情や、行動がイキイキと描かれています。

「一つひとつ描くと、コマ割りになっちゃうじゃない? だけど俯瞰で描けば、いろんな人がいろんな動きをしているのがいっぺんにわかりますよね。街並みを見るのは面白いですよ。なんでこんなところに小さな道があるんだろう、と思ったらその奥に家があったりする。そういうのが気になっちゃう性格なんですよね」

秋山 とも子さんイメージ

ボルドーのくらしで
得たもの

人々のくらしを真摯に見つめる絵のスタイルは、どのように誕生したのでしょうか。もともと、美術大学を卒業してからはデザインのためにイラストカットを描く仕事を受けていたそう。

「でも、そういうお仕事って1回きりで終わってしまうのが常。それがなんとなく寂しいなあ、と思っていたところへ、夫の都合でフランスのボルドーに行くことになったんです。何もしないのは嫌だったので現地の風景や街並みの絵を描き始め、その後は美術学校にも通うようになりました。人から頼まれたのではなく、自分が描きたい、と思って描くのは楽しかったですね」

ボルドーは大都会のパリとは違い、自然が豊かで、当時は今よりものどかな田舎だったそう。秋山さんの当時の絵を見ていると、日本の街並みとは違う色彩が目に鮮やかです。マルシェの賑わいを描いた絵は、まるで音や空気の匂いも伝わってくるよう。

「ボルドーではぶどう摘みもしました。ぶどうの収穫は、日本の稲刈りみたいなものですね。近所の人同士で助け合うの。みんなで列になって作業をしていると、近所の人たちが世間話をしているのが聞こえて、そんな雰囲気も楽しかったですね。それから、ご飯が本当においしいんです!」

ぶどうの収穫作業は「ヴァンダージュ」と呼ばれ、作業の後にはお祭りで多くの人が共に食卓を囲みます。くらしに焦点を当て、それを豊かに描き出す方法にこの時期に出会った秋山さん。「わたしにとって、フランスはボルドー」と懐かしそうに語ります。

秋山 とも子さんイメージ
秋山 とも子さんイメージ
秋山 とも子さんイメージ

タイルの数まで数える
綿密な取材

そして、日本に帰ってきた秋山さん。ある景色を見て驚いたと言います。

「家が渋谷にあったんですけど、宮益坂方面を下方に見ると、渋谷の谷底に髪の毛の黒い人たちがいっぱい行き交っているのが見えて。それが本当に印象的でした。日本のお父さんたちが、えらく大変そうに見えて」

その衝撃から生まれたのが、会社員の一日の姿を追った『おとうさん』という絵本。知人の絵本作家のつながりで出版社を紹介され、1984年に出版されました。それから、人々のくらしの中からアイディアを得る秋山さんのスタイルは今でも変わっていません。一冊の絵本が出来上がるのにかかる時間はおよそ3年。そのうちの2年は、取材やラフの作成に費やします。

今までの取材の中で印象に残っているのは、『ふくのゆのけいちゃん』のモデルになった銭湯。世田谷区の事業である「界隈研究会」に参加した際に紹介された古い銭湯に興味を持ち、取材を開始しました。

「一緒に働いたんですよ。番台に座ったりお掃除をしたり。その時、タイルの数を数えたり、タイルのどこにカランがついているのかを確認したり、お風呂の中に入った時の鏡の見え方なんかも、いろいろ観察させてもらいました」

重油で沸かす銭湯が多い中、秋山さんが取材した銭湯では珍しく薪を使っていました。時代の変化を、秋山さんの絵本を通して知ることができるのも面白いポイントです。

秋山 とも子さんイメージ
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記憶に残る、
図面を引く父の姿

「先にテーマありきではなくて、これは面白い、と思ったことが膨らんでいく感じかな。ひらめくのは突然ですよ。洗濯機の前にいる時とか、歯を磨いている時とか」

描くこととくらしが分かち難く結びついている秋山さん。子どもの頃から、絵に携わる仕事をしたいと思っていたのでしょうか。

「小学校の高学年くらいの頃、方眼紙をたくさん買ってきて、家の間取り図を描いていたの。それは、父の真似。父は家の建て替えをする時、素人なのに建築家に任せないで自分で図面を引いてしまったの。おかげで不思議な家が出来上がりましたよ。家の中に階段が二つあったり、奥にいくにつれて幅が狭くなっていく廊下があったりするの(笑)」

しかし、図面を引く父の姿に影響を受けた秋山さんは、そのうち間取りでは物足りなくなって立体のイラストを描くように。
「自分はもしかしたら建築の方面に行くのかもしれない、なんて思ったこともありましたけど、絵画的な感覚の方が強かったんでしょうね」

秋山 とも子さんイメージ
秋山 とも子さんイメージ

描き続ける中で
見出す喜び

子どもの頃から絵を描き続けてきた秋山さん。これからの目標、やってみたいことを聞いてみました。

「今度、犬や猫を描こうかなって。犬を飼っているんですけれど、動物病院に行くと面白いの。すごく強気の子もいれば、縮こまっちゃっている子もいて、猫は猫で、ゲージの中を覗かれると毛を逆立てて怒る子がいたり」

大切な愛犬の存在も、絵に向かう気持ちを掻き立ててくれるようです。そして、病気を経験したことを機に描き始めたものがあります。
「それと、もう年も年だし、これをきっかけに自分のくらしを振り返ってみようと思って、今、身の回りのものを描いているんですよ。考現学じゃないけどね。こういう絵を描くのは、けっこう好きですね。何かを描いていないと寂しいんです。全く描かない日は罪悪感が湧いてくるくらい」

その時ちょうど秋山さんが描いていたのは、日頃自分が親しんでいる文房具でした。くらしの中の小さな営みから喜びを見出す、秋山さんのお仕事。その絵からどんな作品が生まれるのか、これからも楽しみです。

秋山 とも子さんイメージ
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