Interview
#48

アートは「まるで世界の教室」
美術館が私たちのくらしに
与えてくれるもの

片岡 真実さんMAMI KATAOKA

森美術館 館長

愛知県出身。ニッセイ基礎研究所都市開発部研究員、東京オペラシティアートギャラリー・チーフキュレーターを経て、2003年より森美術館。2020年より現職。第9回光州ビエンナーレ(2012年)共同芸術監督、第21回シドニー・ビエンナーレ芸術監督(2018年)、国際芸術祭「あいち2022」芸術監督。国際美術館会議(CIMAM)会長。京都芸術大学大学院客員教授。
https://www.mori.art.museum/jp/

森美術館の館長であり、国内外で開催される数々の芸術祭の芸術監督を務めるなどグローバルに活躍するキュレーター・片岡真実さん。これまで世界中の作家たちと触れ合い、作品の魅力を引き出し、印象的な展覧会を手掛けてきました。片岡さんを突き動かすのは、「自分の知らない世界のことを知りたい」という想い。混沌とした世界を生きる私たちに、アートは何を語りかけるのでしょうか? そして、美術館がくらしにもたらすものとは?

自分の知らない
世界を知りたい

片岡さんの転機は、大学生の時にアメリカに留学したこと。20世紀の美術史を学びながら、ニューヨークで実際に有名な作品を見ることができたのは大きな経験だったそう。

「美術の先生になろうかな、なんて、なんとなく考えてましたが、それどころじゃないと思ったんです。世界がいかに広いかということを学び、とにかく、自分の知らない世界のことをもっと知りたい、と」

美術系の出版社、ギャラリーを経て、シンクタンクのニッセイ基礎研究所で東京オペラシティアートギャラリーの開館準備に携わりました。

「世界中のアートシーンで起きていることが、同時に東京でも起こるような場所にするべきだと思っていました。誰が企画の方向性を決めるのかという話になった時期に、推薦されている方々の名前を見て、僭越ながら、これでは目指している場所にはならないと思ったんです。それで『私にやらせてほしい』と言いました。当時私は30歳くらいで、美術館で働いたこともなかったので、今だったら考えられない人事です」

99年、オペラシティの開幕展が初めて手掛けた展覧会となりました。以降、現場に身を投じながら経験を積みます。

「丁度その頃は同世代のアーティストが急増する国際展などに出始めた時代。東京オペラシティアートギャラリーが開館し、どんどんネットワークが広がっていきました。良いと思うアーティストに出会えたら、なぜこういうことをしているの、どうしてこうなっているの、と取材を重ねる。展示はそうやって作らないと、心に響くものはできないと思います」

片岡 真実さんイメージ

価値が変わり続ける
アートの世界

2020年に森美術館館長に就任。翌年4月、70代以上の女性アーティストのみを集めた展覧会「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」が大きな注目を集めました。

「西洋中心だったアート界で、1990年代後半ごろから、アジア、アフリカ、ラテンアメリカといった多様な地域が注目されるようになります。それが決定的になったのがBlack Lives Matterです。以降、世界的に美術館の館長が黒人や女性になるということが増えました。米国では大規模な個展でも、白人で男性の作家は考えられない、という雰囲気にさえなってきている」

片岡さんが仕事を始めた当時は、最先端の若いアーティストを発掘することが業界のスタンダードでした。現在は、日の目を見ていなかった100年前のアーティストを紹介する方が注目を集めるそう。アナザーエナジー展もそうした文脈の中で構成された展示でした。

「長い美術の歴史の中で見落とされてきた人たちがたくさんいます。その人たちをもう一度見直そう、というのが世界の最先端の動きです。何が最先端か、何が良いか悪いか、ということが時代によって大逆転するのが、アートの面白さでもあります」

片岡 真実さんイメージ
片岡 真実さんイメージ

アートを楽しむためには
どうすればいい?

しかし、現代アートと聞いて「難しい」と感じて
しまう人も多いはず。

「生きるとはどういうことか、死とは、愛とは何か、という哲学的なことを考える営みなので、どうしても『難しい』と言われてしまう。学校では美術史も鑑賞方法も十分に教えてくれないので、現代アートを楽しみたい、と思ったら自分で方法を見つけるしかありません」

まずは一つ決めて展覧会に行き、そこから点と点を繋げるようにして見る経験値を上げ、慣れていくのがおすすめだそう。気負わずに楽しみ、味わう姿勢が大切なのかもしれません。

「森美術館のモットーは『アート&ライフ』です。仕事に、子育てにと忙しい人が、『命とは』なんて日常の中で考えられないかもしれない。だから、非日常の空間で自分と向き合う時間を作ってほしい。ジェンダーも民族も時代も違う作家の気持ちに何故か共感したり、逆に同時代の作家なのにピンとこなかったりする。そんな中で自分の立ち位置を探求してほしいと思います」

美術館館長がなりたいと思う
意外な職業

国際芸術祭「あいち2022」でも芸術監督を務め、美術館の外でも多忙を極める片岡さん。自身の働き方を「ハツカネズミが歯車を回ってるみたい」と表現するほど。

「趣味という趣味も全然ないんですよ。でも料理は好きです。私にとって料理は展覧会を作るのと似ているところがあって、レシピを見るよりも暗中模索型。海外に行くと、見たこともない料理がありますよね。それを家で疑似体験したいから、回想しながら作ったり」

これからしてみたいこと、今、目指していることを聞いてみると、意外なことに、ずっと展覧会を作り続けるというイメージはないそう。
55歳になったらやめる、ってずっと前から友達に言ってたから、『まだやってるね』と言われる(笑)。次は探偵をやりたい、なんて思ったりもするんですよ。人間関係や感情のもつれを追いかけて、逆戻りしていくのってすごくクリエイティブだなぁ、と。あとはミシュランの審査員も楽しそうだな、って。自分の人生これしかない、と思いたくないんですよね。いつも、何かやりながら別のことを考えてる感じです」

片岡 真実さんイメージ

多様な価値観の共存を
考え続けて

それでも、依然として持ち続けているのは、「自分の知らない世界のことを知りたい」という好奇心。それを解き明かすには、やはりアートの世界はぴったりなのかもしれません。

「地理も政治も宗教も経済も歴史も、現代アートが教えてくれました。まるで世界の教室ですよ。技術は刷新されたら昔のものは使われなくなるけど、アートの世界では蓄積されるので、さらに複雑に、多様になっていく。自分が正しい、君が間違っている、という世界ではないんです。多様な価値観がどう共存できるのか、ということが私の最大の興味ですし、答えがないので、ずっと考え続けられて面白いです」

これからの現代アートで大事になってくるテーマは、ダイバーシティとエコロジーだと言います。

「特に日本の課題はダイバーシティですね。ジェンダーも、民族も宗教も、多様でありながらどう調和できるか、ということを、みんなが考えていかなければならない。私はいつまで美術館にいるかわかりませんが、そういう社会に少しでも近づくために、貢献することができたらいいなと思います」

片岡 真実さんイメージ
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