Interview
#44

子どもたちに自分の手で作る喜びを
工作の伝道師わくわくさん
30年の思い出と、新しい挑戦

子どもたちに自分の手で作る喜びを工作の伝道師わくわくさん30年の思い出と、新しい挑戦

「わくわくさん」こと

久保田 雅人さんWAKUWAKU-SAN

工作の伝道師

1961年生まれ、東京都出身。子どもの頃から工作に親しむ。中高校時代は落語家を目指したことも。大学では社会科の教員免許を取得するも、劇団に所属して俳優・声優として活動を開始。1990年から放送がスタートしたNHK教育テレビ(現・Eテレ)の『つくってあそぼ』の「わくわくさん」役で出演し人気を博す。2013年に番組が終了した現在もわくわくさんとして、YouTubeチャンネル他、全国の幼稚園や保育所、学校で工作の楽しさを発信し続けている。
https://www.youtube.com/channel/UCkWXpBqUsLGNa69rgwXhXvg

牛乳パック、トイレットペーパーの芯、紙皿。家庭にあるもので、楽しく遊べる工作作品を生み出してきた、わくわくさんこと久保田雅人さん。クマの男の子・ゴロリとの絶妙な掛け合いも人気となり、NHK教育テレビ(現・Eテレ)『つくってあそぼ』は全国の子どもたちを魅了しました。23年続いた番組終了後も工作の楽しさを伝え続けています。久保田さんにとってわくわくさんとはどんな存在なのでしょうか? そして、今、目指している未来の姿とは?

変わる世の中、
変わらないわくわくさん

全国の子どもたちを夢中にさせた番組『つくってあそぼ』は2013年に終了。その後、わくわくさんはどう変わったのでしょうか?

「基本的には何も変わってないですね。工作の伝道師として、昔も今も、子どもたちに自分の手で作る喜びを味わってほしいし、親子で工作を楽しむ大切さを知ってほしいと思ってます。ただ困ったことに、わくわくさんが誕生してから今に至るまで、20代後半という設定も変わっていないんです。途中からテレビ局さんに『老けないで』と言われたくらいですが、無理な話でしょ。そりゃゴロリはいいですよ!(笑)。でも気分としては老けていないつもりです」

昔と変わらないわくわくさんですが、世の中のほうは大きく変わりました。
「番組が始まった頃はペットボトルも普及していない時代でした。そのうち『ペットボトルを使った工作を教えてください』と要望をいただいて作るようになったんです。子どもたちを取り巻く環境や、周りにあるものも変わってきます」

新型コロナの影響で、ここ3年ほどオンラインで工作教室を行なっているそうです。手元のアップをカメラで写せるので、見やすいというメリットもある反面、材料の行き違いなどのハプニングがあった場合、周囲とシェアできないのが難点だとか。

「テレビ以外に、媒体がたくさん増えました。それぞれ良い点もあれば悪い点もある。いかにしてそれらを融合させ、楽しんでいただけるものを提供できるかは、まだまだ研究中です」

久保田 雅人さんイメージ

工作が家庭の素敵な
思い出になるように

昔も今も、わくわくさんとして、ずっと大切にしてきたメッセージがあると言います。

「ものを作るだけでなく、家庭での楽しい思い出を作ってほしい、というメッセージです。例えば、親子で料理をするとき、調べたレシピ通りの材料を買ってきて、スマホで画像を見ながら同じように作るんだけど、なんか見栄えが違うな? という出来になったりしますよね。でも、家族みんなで作って食べたら美味しかったね、と思い出になる。それとおんなじなんです」

『つくってあそぼ』には、番組と同じ材料を揃えたい親から「あの材料はどこで売っているのか?」という問い合わせが多く寄せられていたとか。テレビでは番組内で商標がついたものを紹介できなかったため、今、わくわくさんのYouTubeでは改めて「大人向け」として材料の情報を補足し、親子でより楽しめるように工夫を凝らしています。

「でも、わくわくさんとゴロリが作ったものと、全く同じものに仕上がらなくても良いんです。ぜひ親子で会話をしながら家庭内で楽しく作って、遊んでください。家庭で思い出を作っていただく方が大切です」

久保田 雅人さんイメージ
久保田 雅人さんイメージ

とにかく自分が楽しんでいる
ところを見せる

久保田さんにとって、「わくわくさん」は自分が 〝演じる〟 キャラクターという位置付けなのでしょうか?

「いや、全部おんなじなんですよ。演技だと思っていないんです。そうしないと、子どもたちにちゃんと伝わらない、というか。僕自身も子育てをして感じたところなんですが、子どもは嘘があるとすぐに見抜いてしまうので、取り繕えないんです。だから、僕はとにかく自分自身が楽しんで、演技をせずストレートに、ということを大切にしてきました」
だからこそ、番組の中でのゴロリとの掛け合いは、台本はあったもののアドリブが多かったそう。二人で楽しく工作し、作ったものでゲームをする時は、いつも段取りなしの真剣勝負でした。

「段取りを組んでやったら、子どもたちに見抜かれて、『作ってみたい』と思ってもらえなくなります。わくわくさんは、子どもたちがわくわくするものを作る人。だから、自分が楽しんでいるところをお見せしよう、ただそれだけです。オンとオフの切り替えができない人間なんですよ。それによって、疲れるなあ、という時もあるんですけど、僕はもう手遅れです(笑)」

久保田 雅人さんイメージ
久保田 雅人さんイメージ
久保田 雅人さんイメージ

一人の父としての
思い出

わくわくさんであり、久保田雅人という人間であり、また、家庭では夫・父であり、それら全てに同じ熱量を感じてきた、と振り返ります。

「本当は、必要に応じて、それぞれの自分を操れる自分がいるのが一番なんだろうと思います。でもそれはできていなかった。僕は工作の準備を家でしていましたし、仕事を家庭に持ち込みがちで、子どもたちが小さかった頃は気を遣わせたと思います」

日本全国の子どもたちを工作で魅了してきたわくわくさんですが、家庭では二人の娘と一人の息子の父。子どもたちが小さかった頃、『お父さんはわくわくさんでしょ』と聞かれたら『そうだよ』と正直に答えてもいいけれど、自分からは言わないよう教えていたそうです。

「それでも周囲にはバレるもので、子どもの学校から『親子の工作教室をやってください』と頼まれるわけです。学校の体育館で、クラスごとにずらっと縦に並んで体育座りになるわけですが、うちの娘は一番背が小さかったので僕の足元にいる。しかも『親子の』工作教室ですから、それをお父さんの僕がやるということは、必然的に娘の隣にいるのはお母さん。私にとっては、娘と家内が目の前にいる工作教室になったわけです。あれは一番やりづらかった(笑)」

久保田 雅人さんイメージ
久保田 雅人さんイメージ

自分の手でものを生み出す
喜びを伝え続けたい

子どもたちにわくわくする数々の経験を届けてきたわくわくさん。その本人が、 〝わくわく〟する瞬間、くらしの中の喜びについて伺いました。

「僕の一番の夢は、親子が笑顔で飯食える家庭を持つことでした。それが叶い、子どもが成長して、今や時事問題の話ができるようになったり、仕事の相談に乗ったりしてくれるわけです。親にしてみれば究極の喜びです。それと同じくらい、自分がわくわくさんとして、あちこちで工作教室をやって、子どもたちと親御さんが笑顔で楽しんでくれているのを見るのも本当にうれしい」

チャレンジを続けてきた久保田さん、そしてわくわくさんは、これからどんな未来を目指しているのでしょうか?

70代、80代でも、体が続く限りわくわくさんでいたいと思いますね。子どもたちは既製品のおもちゃにたくさん触れていて、もちろんそれが悪いわけではないですが、自分の手でものを生み出す楽しさ、喜びは知ってほしい。ありがたいことに30年以上も同じことをやっていますが、これが偉いのか馬鹿なのかよくわかりません(笑)。でも一生懸命、より楽しいわくわくさんになりたいな、と思っています」

久保田 雅人さんイメージ
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