2020.2.11 / ガーデニング(GARDENING)旅(SIGHTSEEING)
お寺の庭は、一枚の動かない絵が多いですが、桂離宮は回遊式の庭園なので、移動するつど見えて来る絵がドラマチックに変化します。イングリッシュ・ガーデンの設計に見られるような、生垣で囲まれた四角いガーデン・ルームズではないけれど、歩みを進める都度、目の前に違う景色が展開するので、前後左右、さらに細かな見どころがものすごく多く、それに気づくのに時間がかかる事もあって(説明にない細かい事)、一回訪ねたくらいでは掌握できないと思いました。
当然。季節を変えればまた違うでしょうし。でも、よそ見しながら歩くと転ぶ危険性あり!
これは、蘇鉄山とよばれる、鹿児島、薩摩の島津家から進上されたとのいわれるソテツの 'こも巻き'。
御幸道から松琴亭へ至る苑路の起点ちかく、この蘇鉄山を鑑賞するためだけに、鑑賞用の外腰掛けがあり、この珍しいアーキテクチャラルな植物に焦点を当てて鑑賞する。背後に小高く土が盛ってあり、背後の景色が見えない。ソテツ以外の余計な情報が入らない設計に関心。葉っぱが繁茂する南国的風情は、春以降に見られるでしょうが、この'こも巻き'もとても雅で結構でした。
松琴亭を背景にして、ちょうど紅梅が咲いていました。
イングリッシュ・ガーデンは、景色や広い眺めと、園芸的な植物への熱情を二重三重に重ねた世界です。バリエーションに富んだ植物を景色に折り混ぜ、時に色彩計画や、質感の調和など。そして、日本庭園は、それとはまた違う世界。
わかっているのですが、なぜ草花を入れないのか、知りたいとつくづく思います。
でも、もしかしたら桂離宮も、たとえば、このつくばいをフォーカルポイントにして植えられた草花とか、500年前はあったのかもしれないと、考えてみました。あったけれども、草花は消えやすいし、ここでは、普段の雑草排除も大きな仕事でしょう。
やはり、伝統的な日本の庭園を繰り返し眺めるなかで、この彫刻的な美観への徹底した草花排除の理由はなんだったのか。知りたくなるのです。
松やサツキやツツジだけでなくて。
建築に比べ、庭はその存在事態が危ういと書きましたが、500年あまりに渡ってこうした木造建築が現存することにも驚かされます。
桂離宮のいくつかの拝見したかった建築のなかでも、私は月波楼がもっとも印象的でした。
満月の夜など、それは素晴らしかったんだろうと。
また簡素なケリー・ヒルの建築群とすっきりと繋がってきたとは、過日書きましたが、簡潔な建築美に加えて、庭も、建築的な美を感じます。だから草花が入らないのかな?
「端厳さ」のなかに、こうした踏み石ひとつにも、惹きつけられた。
同じように、あのアマン京都の庭でも。ここにひとつ。石は配置ひとつで、
ネイチャーから、アートに変換される石。
岡本太郎さんのエッセイから。「ダダの画家彫刻家のジャン・アルプとは仲がよかったので、パリ時代は真夜中までよく話しこんでいたが、アルプの作品のソースなどは、アルプが生まれる何百年も前に桂離宮で完成されていたんだ。やっぱり桂離宮のほうがすごい」と、
実は、その意見に多いに影響を受けてしまい。そうかぁ〜。と思って。
どれがアルプ作品に似ているかと。思って、探しなら苑路を歩いた。足許だけを見て歩くことでもたくさんの情報。
面白かったですが、あまりにもそのことに、気を取られすぎたかもしれません。
桂離宮のディテールは、よく、モダンだと言われますが、たしかにそんな印象。
見事なコンポジション。どうしても一般客の立ち入り禁止のための竹が目にうるさいですが。
松琴亭の有名な加賀奉書の貼り付け、水色と白の石畳状の混ぜ張り。この床の間と仕切り襖は、渋い座敷における奇想天外な意匠だとされていますが、
この設計は小堀遠州ではないかという説もあり。今では、この桂離宮の象徴的なグラフィックにもなっていますね。とても魅力的なブルーです。
繰り返し眺めるうちに、踏み石アルプ風の庭のイメージが湧いてしまったけれども、そのように自然にできたはずのおもしろい形の石を見つけてくること自体が難しいですね。
どこまでもコンポジションを見ていく。とまた、新たなコンポジションを発見する。
そして、話が続くよどこまでも、になってしまうので今日はここまでなのですが、桂川の氾濫に備え、水への対策がかなり万全にされていた事も、感動的でした。
建築だけでなく、地面の排水も。どこまでも関心しましたが、これは、目立たない場所でも、三つの石で排水の口になっています。あらゆる場所で目にしました。ああ、次は必ず、春に行って参ります。今の時代だと、もしかしたらこの下は塩ビ管?実は修学院離宮でも、この排水システムを目にしていて、そこではちょっと崩れて塩ビ管が見えていたんです。(まだ、修学院離宮と智積院、光悦寺と、つづく予定)
■おすすめ特集