2019.9. 4 / イギリスで訪ねた庭レポート
昨年の2018年の5月、世界的に有名な日本人ガーデンデザイナー、石原和幸氏のサポートメンバーとして、
イギリス・ロンドンで開催されたチェルシー・フラワーショーに、石原さんの庭をつくりに行ってきました。
早いもので、それから1年が経ちました。
昨年のチェルシーフラワーショーで、石原さんのコンテストガーデンづくりに参加させていただき、
フラワーショー開催中の庭のメンテナンスもさせていただくことになって、都合3週間ほどイギリス・ロンドンに
滞在することができ、その間、ロンドン市内や近郊に点在する世界的に有名なガーデンをいくつも見て回りました。
こちらのディノスさんのコーナーで、僕が訪ねたロンドン近郊の庭をレポートさせていただくことなった
この企画、もう残すところあと2回になりました。
今回はその第13回目、「ポートリム・ガーデン」編と題してレポートいたします。
イギリス滞在も残すところあと僅かになった最後の週末、当時ロンドンに単身赴任していた高校時代の同級生が、
車を出してくれ、ロンドンの南東部に位置する名庭園に連れて行ってくれることになりました。
午前中に、「イギリスの宝石」とも呼ばれる、シシング・ハースト・カースル・ガーデンを見学し、
午後イチでシシングハーストからほど近い場所にある「グレート・ディクスター・ハウス&ガーデンズ」を見学。
そこから車で一気に南に下り、海に近い街、「ポートリム」へ向かいました。
この街にやってきたのは、ロンドンでお会いしたイギリス在住のガーデナー、リグデン美佐子さんからのお誘いで、
彼女の勤務先でもあるポートリム・ガーデンを案内していただけるというありがたいお話をいただいたからです。
美佐子さんとは、造園業を営む僕の友人の紹介でお会いし、チェルシーフラワーショーの作庭作業がない休日に
友人と一緒に、ロンドン近郊にあるナショナルガーデンスキームのイエローブックに掲載の個人庭と、
ケント州にあるヒーバー・キャッスル&ガーデンズを案内していただきました。
(このディノスさんのコーナーの、イギリスで訪ねた庭レポートのVol.7とVol.8で紹介しています。)
その際、『是非、私の職場のあるポートリムを見に来てください』とお誘いをいただいていましたので、
高校時代の同級生に無理を言って、ロンドンからはかなり遠方にあるポートリムまで車で連れていって
もらったのでした。
グレート・ディクスターを駆け足で見学したのち、車で1時間以上かかって16時頃にようやくポートリムに到着。
陽が長いイギリスの5月は、まだ全然明るいのです。
写真は、ガーデンの横に建つホテルのエントランス、ここで、美佐子さんと待ち合わせをしていました。
ポートリムは、日本ではまだあまり紹介されていない場所のようで、ガーデンの他にホテルや結婚式場、
サファリパーク等が併設された複合アミューズメント施設といった感じでしょうか?
訪れたこの日も、このホテルに隣接する宴会場では、結婚式が行われていました。
美佐子さんのお話では、ポートリムは歴史的に重要な庭ではあるのですが、ガーデンを訪れる人はあまり多くなく、
繁忙期には一日三千人に達する入園者も、大半はサファリパークがお目当てなのだそうです。
イギリスのサファリパークがどんなところなのか興味がありましたが、日暮れも迫っていたので、
早速、園内を案内していただくことにしました。
こちらは、ホテル棟の反対側のエントランス。
手前の広場には水連が浮かぶ池が作られていました。
ここで、ポートリム・ガーデンについて、美佐子さんに教えていただいたお話を少し紹介しておきましょう。
ポートリム・ガーデンは、1911年から1920年にかけて、フィリップ・サッスーン卿の依頼でつくられました。
サッスーン卿が、ポートリムの丘からのドーバー海峡の素晴らしい眺望に心を奪われたから、とのこと。
サッスーン卿は、この邸宅と庭に当時の著名人を招待したそうで、後の首相ウィンストン・チャーチル、
喜劇王と称されるチャーリー・チャップリンなどは常連客だったそうで、
ここポートリムは、そういった上流階級の人々の社交場だったようです。
1973年、現オーナー、アスピナル家が購入、邸宅の周囲240ヘクタールに野生動物保護を目的とした動物園を建設、
サファリパークと各種宿泊施設を建設して、現在に至っているそうです。
こちらが、ホテル前の広場の睡蓮の池を別の方向から見たところ。
ホテルの建物は、写真右手側にあります。
睡蓮の池の正面には何段もの階段が続く斜面になっています。
一番最後の写真で、階段を上り切った一番上から見た写真を載せています。
どんな風に見えるのか、あとのお楽しみ。
蓮池を挟んで、ホテルの建物と反対方向には森が広がっています。
真っすぐに伸びた径(みち)の両側には並木が生い茂り、正面には彫刻が置かれています。
木漏れ日の中を進むと心地よい空気に包まれます。
もう一度、ホテル棟に戻り、斜面に向かって開けたテラスから、庭を案内してもらいます。
1/4の円形にデザインされた回廊の列柱には、フジの木が誘引されていました。
薄紫色のフジの花が満開で、赤い屋根の色とのコントラストが美しいです。
テラスの手すりには、PとSの文字が組み合わさったデザインが施されています。
これは、創始者、フィリップ・サッスーン卿の名前の頭文字から採られたものだそうです。
テラスの下の段へと歩を進めました。
ここでは赤い小花の植物が美しく咲いていました。
こちらは、壁面を伝うツルアジサイだそうです。
紫陽花にツル品種があるのを知らなかったのですが、なかなか美しいですね。
大きな壁面を覆い尽くすほどに成長し、白い花を無数に咲かせています。
手前下の淡いブルーのセアノサスとのコントラストも素敵です。
レンガ造りの建物の壁面を伝う木です。
樹形は、3Dの木なのに、2D(平面)に転写されたかのような
不思議な風景です。
引きで、ホテル棟の全景を写してみました。
左右対称、シンメトリックな建物と、その手前に斜面を活かした展望テラスが作られています。
展望テラスの両サイドから導かれた階段が中央で合わさり、そこから水面に落ちた雫が波紋を広げるような
同心円状の階段が広がっています。
また、展望テラスの壁面にも大きく枝を伸ばしたフジの木が張り付いています。
展望テラスの下の壁面に誘引された雄大なフジの木。
その横には、1/4の球体が穿たれた泉が作られています。
こういうスタイルは、イタリアのガーデンの手法だと教えていただきました。
展望テラスから見る水盤です。
一段上の展望テラスから見ると、月が写り込むのではないかと思いました。
桂離宮など、日本庭園にもある月を愛でるための装置のような水盤です。
こちらは、芝生と赤い砕石、砂を使った市松模様の庭。
こちらも、京都・東福寺にある重森三玲作の市松模様の苔庭を彷彿とさせるガーデンです。
ひとつひとつの市松模様のスケールが、東福寺とは全く違って大きいのですが・・・。
ここからは、斜面を使った広い広いガーデンを案内してもらいました。
ガーデンの広さは約6haもあるそうです。
また、写真では分かりにくいですが、ガーデンの大部分は、相当にきつい勾配をもった斜面に作られています。
広いガーデンを管理するには人員的には足りていないそうで、庭のあちこちで改良が行われていますが、
追い付かないそうです。
段々に作られたガーデンには、いくつものテラスのような部分があります。
テラスを振り返るように見上げると、目を惹く白い花の植物が美しく咲いていました。
テラスに沿って作られたこちらのボーダーガーデンには、様々な色のオダマキが植えられ、満開でした。
オダマキのボーダーを見下ろしたところです。
これだけのボリュームで咲くオダマキのボーダー花壇は圧巻でした。
こちらは、まだ手付かずの花壇。
これだけ長いボーダー花壇があるのは羨ましい限りですが、ここの植栽をして管理していくだけでも
相当大変な仕事ですね。
ところどころに彫刻があしらわれ、それを引き立てるように植物が植えられています。
ここには、彫刻の足元にフジの木が植えられていました。
こちらには、淡いブルーのセアノサス。
ロンドン市内の公園やロンドン近郊で訪ねた有名ガーデンのあちこちに、この青いセアノサスが咲いていました。
そのセアノサスにもいくつか種類があるようで、ブルーの濃さや花の大きさがどれも異なっていました。
我が家の庭にもセアノサスを実験的に植えて育てていますが、高温多湿の日本では育てるのが難しいようで、
なかなかうまく育ってくれません。
我が家も、いつかロンドンで見たような青い花に包まれるような庭になればと、願うばかりです。
こちらは、イチイの木を刈り込んで作られたメイズ(迷路)。
柄には確か意味があるとおっしゃっていたように思いますが、はっきり覚えていません(汗)。
家紋か、何かの文字を表していたような・・・・。
ここも斜面の上の段から見下ろせるようになっているので、メイズに挑戦する人の様子を上から見ることができる
のが面白いところです。
途中、メドウのようになっている場所もありました。
黄色いワイルドフラワーの中に、木々が生えているようで、とても幻想的な風景に見えました。
こちらは、バラ園だそうです。
まだ手入れが行き届いてなくて、雑草も生えてお恥ずかしいとおっしゃっていましたが、
ここも、バラ園全景を上の段の道から見下ろせるという面白いシチュエーションで、
バラが咲き誇ると美しく変貌するのではないかなと、思いました。
続いて案内されたのが、こちらのスペース。
斜面の真ん中に、円形の階段状のスペースがありました。
その中央にベンチが置かれています。
美佐子さんから、正面の壁に向かって大声を出してくださいと言われ、一緒に見学させてもらっていた
美佐子さんのゲストの方たちが壁に向かって声を出しているところです。
実は、正面の壁面がR(円弧状)に作られていて、このステージから発せられた声が、そのRの壁面に反響して
今立っているこの場所一点に集中して跳ね返ってくる仕掛けになっているそうです。
まさしく、こだまのようです。
こちらは、今の広場の段差部分のディテール。
イギリス庭園でよく見かけるハーハ(堀割)でしょうか?
エッジのレンガブロックが苔むした感じがとても良かったので、撮影してみました。
ガーデンの一番下まで降りてきたので、ここから一気に斜面を登っていきます。
この写真でも分かりにくいとは思いますが、相当な急こう配です。
斜面を使ったガーデンは、他の平坦なガーデンにはない面白い仕掛けや見どころがありますが、
管理する方は大変だと思います。
毎日、この急こう配の斜面を上り下りするだけで、相当体力を使うのではないかと思います。
こちらは、急こう配の階段を上り切ったあたり。
美佐子さんの話では、このフェンスのデザインも、サッスーン卿の邸宅のデザインを手がけた建築家の手によるもの
とのことでした。
細部まで美しいデザインが施されています。
夕暮れも迫る中、ひととおりガーデンを案内していただいたあと、美佐子さんから職場を見せていただけるという
ことで、普段は入れないバックヤードを見せていただきました。
まず、ガーデンの補植する植物を育てている温室を案内してもらいました。
こちらは、温室の内部。
さすがに温室の中は暑いくらいで、様々な草花が育てられていました。
こちらは、ガーデナーさんたちのスタッフルーム。
壁にコートが掛けられ、無線機が大量に置いてありました。
広い敷地ですから、庭に一旦出てしまえば、コミュニケーションはもっぱら無線機になるんでしょうね。
なかなか裏方まで見せていただける機会はなく、イギリスのガーデナーさんたちの職場を垣間見ることができ、
とても刺激的でした。
美佐子さんがまとめられたボーダー花壇の植物配置図を見せてくださいました。
通路を隔てて両側に植栽されたミラーボーダーには、多くの植物がパッチワークのように配置されているようです。
よく雑誌とかで見る植栽配置図ですが、実物を見せていただくのは初めてでした。
そして、最後に辿り着いたのがこちら。
一番最初の方の写真で、ホテルの前の広場にある睡蓮の池から見上げた長い階段の先がこちらです。
この日は曇っていて、視界の先には海が見えませんでしたが、天気が良ければ、ドーバー海峡を隔てて
対岸のフランスまで見えるそうです。
この美しい風景に惹かれて、サッスーン卿は、この場所にガーデンと邸宅をつくろうと思い立ったのだそうです。
美佐子さんによると、6ヘクタール強あるポートリム庭園は『第一次大戦後に造られた最後の歴史的庭園』と
呼ばれているそうです。
その後は、イギリスでも核家族化が進行し、庭も縮小化したからだそうです。
ドーバー海峡に向かう丘の上に立つ、この庭園のダイナミックなランドスケープを活かしながら、
日々、美しい風景を作り出すために、美佐子さんは、ここポートリムで頑張っておられます。
日本ではまだあまり紹介されていないガーデンですが、イギリスに行かれたら、是非、ポ-トリムへも
足を伸ばしてみられては如何でしょうか?
次回は、この「イギリスで訪ねた庭レポート」の最終回、番外編として、僕たちが作庭期間中、定宿にしていた
宿舎の近くにある公園「ホランドパークとその周辺」と題して、大都会・ロンドンの美しい街並みをご紹介します。
乞うご期待!
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