2020.10. 8 / 唐招提寺・薬草園プロジェクト
10月に入り、ずいぶんと過ごしやすくなって来ました。
間もなく紅葉の季節を迎える今日この頃です。
さて、こちらのディノスさんのガーデニングサイト「dinos ガーデンスタイリング」において
僕の連載コーナー『「風景」をつくるガーデニング術』を連載させていただいて、今回で100回目を迎えます。
2016年1月から連載が始まり、間もなく丸5年が経とうとしています。
ここまで続けてこれたのも、読者の皆様方のおかげと、大変感謝しております。
この記念すべき第100回目の記事ですが、今回は、僕が今、関わらせていただいているプロジェクトについて
少しご紹介しいたいと思っています。
僕の住む街、古都・奈良。
奈良時代から1300年以上も続く街には、東大寺や興福寺、春日大社など、有名な寺社仏閣が多数残っています。
その中で、南都六宗のひとつである律宗の総本山・唐招提寺をご存知でしょうか?
唐招提寺は、苦難の末、中国から来日を果たされた鑑真和上が、戒律を学ぶ道場として開かれた寺院です。
1998年には、古都奈良の文化財の一部として、ユネスコより世界遺産にも登録されています。
その唐招提寺の境内に、開祖・鑑真和上ゆかりの「薬草園」を復興するというプロジェクトがあり、
ガーデンデザイナーとして、このプロジェクトに関わらせていただいています。
唐招提寺は、国宝の金堂はじめ多くの文化財があり、境内には創建当時の遺構などの埋蔵文化財の可能性もあって、
薬草園の再興にあたっては、奈良市、奈良県、国(文化庁)など、多くの関連部署との協議・許認可が必要で、
その実現には多くの手続きや調整が必要となります。
現在は、まだの手続きの途中で、薬草園の着工はまだ少し先になります。
ただ、現時点でいくつかの公開情報もありますので、可能な範囲でご紹介できればと思います。
薬草園計画の話の前に、まずは唐招提寺の境内をご案内していきましょう。
こちらが、唐招提寺の境内に入ってすぐのところに掲げられている境内の案内図。
案内図の一番下の南大門から入ります。
入って正面に、金堂、その奥に講堂と続きますが、これらの主要な建物群の左(西側)に
「戒壇」と呼ばれる、出家者が僧侶となるための受戒の儀式を行う場所(施設)があるのですが、
その戒壇の南(案内図では下)の黄緑色で囲われた場所が薬草園の計画地です。
こちらは、南大門正面に見える唐招提寺の金堂(国宝)。
奈良時代に建立された寺院金堂としては、現存する唯一のものだそうです。
2000年から解体修理「平成の大修理」が行われ、2009年に落慶行事が執り行われました。
反り返る屋根瓦と、その下の列柱のプロポーションが見事です。
ギリシャ建築からの流れを汲むエンタシスの列柱。
両端に行くほどその柱の間隔が微妙に狭まり、美しいバランスを保っています。
作家・井上靖の小説『天平の甍』は、まさにこの唐招提寺が舞台となっています。
こちらの写真は、金堂の前に並べられた蓮鉢です。
唐招提寺は、蓮の花で有名で、西大寺・喜光寺・薬師寺の四ヶ寺で共催される「西ノ京ロータスロード」にも
参加しています。(今年は、新型コロナウィルス禍で、開催中止となりました。)
蓮は、泥水の中から生じる清浄な美しい花を咲かせる姿が、仏の智慧や慈悲の象徴とされ、
仏教と深いつながりがある植物です。
こちらは、金堂の東に並んで建つ「宝蔵」(写真左)と「経堂」(写真右)。
ともに奈良時代の校倉造の倉庫で、有名な東大寺の正倉院と同様の作りです。
こちらは、唐招提寺境内の北の奥に位置する「御影堂」(重要文化財)。
開祖・鑑真和上の肖像彫刻(国宝)を安置する建物です。
この御影堂の障壁画は、日本画家・東山魁夷氏が手掛けています。
この御影堂は現在、大規模修理中で、写真は曳家工事(建物を解体せず、ジャッキで持ち上げて移動させる工事)の
時のものです。
御影堂の大規模修理工事は、まだあと数年かかかるようです。
こちらは、御影堂の近くで育てられている「瓊花(けいか)」という紫陽花に似た植物です。
1963年、鑑真和上没後1200年事業として中国仏教協会から贈られてきた、和上の故郷・江蘇省揚州市の名花です。
門外不出の瓊花(けいか)は、日本国内では、唐招提寺と皇居、岐阜の神薬才花苑など、
数カ所にしかないと言われています。
紫陽花の花に似た瓊花(けいか)は、スイカズラ科の半常緑の低木で、花には微かな甘い香りがします。
今回の薬草園計画では、後述しますが、「香り」をテーマにしていますので、この香りのある瓊花(けいか)を
薬草園のシンボルツリーにする予定です。
こちらは、御影堂の北東、境内の一番奥にある、鑑真和上御廟(墓所)につながる小径の両側に広がる苔の庭。
京都にも有名な苔庭は数多くありますが、ここ唐招提寺の苔庭も大変美しく、是非実物をご覧いただきたいです。
こちらは、金堂西側にある、「戒壇」と呼ばれる出家者が僧侶となるための受戒の儀式を行う場所。
戒壇院の建物は、江戸時代末期に焼失して以来、再建おらず、現在は、三段の石壇のみが残っています。
今回の開祖・鑑真和上ゆかりの薬草園は、この戒壇と対峙する位置にあり、
薬草園の重要な園路は、この戒壇の出入り口の軸線に呼応するように計画しています。
こちらの写真は、金堂側から戒壇方向を望んだ一枚。
この戒壇へと向かう通路の左側(南側)に薬草園の計画地があります。
写真は、戒壇の東側(金堂側)の水路です。
この水路には、菖蒲や蓮が植えられています。
春先には、ミツバツツジ(濃いピンク色の花)や桜(ソメイヨシノ)が咲き、美しい風景をつくります。
駆け足で唐招提寺の境内をご案内しましたが、これからが薬草園計画についてです。
こちらが、開祖・鑑真和上ゆかりの薬草園を復興する予定の計画地になります。
唐招提寺の金堂の西、境内の西の端に位置する場所で、北側(写真右側の瓦の塀)が戒壇です。
写真は4年ほど前のものですが、蓮鉢を並べてあり、蓮の開花シーズ中は、こちらにも参拝者が立ち入ることが
できますが、普段は公開されていないエリアです。
薬草園計画地から、北側の戒壇方向を見た写真です。
周囲には高い木や戒壇裏の森に囲まれ、とても静かな場所です。
以前、この場所には薬草園があったそうですが、金堂の平成の大修理の際、この場所に資材を置いたりする
仮設の建物が建設されることになり、薬草園の薬草は、岐阜県の支援者の方が預かって下さり、
現在、岐阜の山中の薬草園で保存・育成されています。
薬草園の再興にあたって、その薬草を唐招提寺に戻すことになっています。
こちらは、前述した御影堂の大修理の際、御影堂が曳家されることになったため、
その場所にあった高木のキンモクセイをこちらの薬草園計画地に移植・仮植えしています。
御影堂の修理が完成したのち、元の場所に戻される予定です。
こちらの写真は、キンモクセイが仮植えされている辺りから、東側(金堂方向)を見たところ。
薬草園計画地の東側には、緩衝帯になる高木の森が茂っています。
薬草園復興計画では、この森を借景として計画しています。
こちらは、2年ほど前の様子。
蓮鉢が並べられた場所に沿って、石畳みの通路が先行して作られています。
雨が降ると地面がぬかるむこともあり、蓮の見学者の方の利便性と蓮のメンテナンス性の考慮しての配慮です。
こちらが、蓮鉢前の石畳み園路が完成した様子。
スッキリして、蓮の見学もしやすくなりました。
薬草園計画では、この石畳の園路を活用して計画しています。
こちらは、岐阜県関市の山中にある「神薬才花苑」。
唐招提寺・薬草園の再興を支援してくださっている方が中心となって、
唐招提寺から疎開させた開祖・鑑真和上ゆかりの薬草を守り、育ててくださっています。
僕も数年前に、こちらを訪問させていただきました。
神薬才花苑は、急峻な山中にあって、日ごろの手入れ等も大変な場所ですが、
支援者の方々の熱意で、大切に育てられています。
唐招提寺へ里帰りできる日を心待ちにされています。
一方、僕の方では、唐招提寺の方々や薬草園復興の支援者の方々と何度も協議を行い、
薬草園の基本計画案を作成しました。
まだまだ薬草園の方向性を定めるための第一段階ですが、デザインの方向性として「風景をつくる」ということと、
「香りの薬草園」という切り口をご提案しています。
取り纏めた計画案をベースに、2018年度環境省主催の「みどり香る」まちづくり企画コンテストに応募しました。
以下の提案書類は、環境省のホームページでも公開されているものです。
こちらが、その際の提案書の1枚目。
薬草園のコンセプトとして
1)鑑真和上がもたらした薬草
2)日本の香文化のルーツは、唐招提寺にあり
3)世界遺産に「香り空間」を創出
の3つを掲げています。
こちらが、提案書の2枚目。
コンセプトに基づいて、具体的なプランニングに落とし込んでいます。
計画地を大きく3つのゾーンに分け、1)薬草園、2)蓮の池、3)茶庭、といった空間構成としています。
コンテストの結果は、第2席にあたる「におい・香り環境協会」賞をいただけることになりました。
写真は、授賞式での受賞者プレゼンの様子で、唐招提寺の副執事長の石田太一師が、
唐招提寺や今回の薬草園計画について説明をされているところです。
この環境省主催の「みどり香るまちづくり」企画コンテストでは、上位入賞者に対し、
その企画を実現するために、植栽の一部を提供いただけるという副賞がついています。
シンボルになるような大木を一本いただきたいという要望をし、樹高約7mはあろうかというヤマモミジを
ご提供いただくことになりました。
写真は、薬草園計画地に運び込まれたヤマモミジの大木です。
樹高が大きい分、根鉢もとても大きいです。
このヤマモミジの大木を最終的に薬草園のどこに植えるかは、まだ決まっていませんが、
とりあえず仮植えの状態で据え置くことになりました。
御影堂の曳家工事のためこちらに移植・仮植えされているキンモクセイ前に土を盛って仮植えしていただきました。
植え付け途中で、枝はまだしおられている状態ですが、それでもその大きさは伝わってきます。
現在は、ここまで。
今後、薬草園の実施に向けて、専門家の方々の委員会での協議を経て、関係各所の許認可をいただいてから、
ようやく着工という運びになります。
いつかの日か皆様方にも見ていただける美しい薬草園ができるよう、これからも精進していきたいと思っています。
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