いまから6年ほど前のこと(2015年5月)、私の文化師匠Sさんから、建築家の石上純也さんが作る庭の計画を聞き、そのアイデアに刺激され、いつか訪ねてみたいとずっと思っていたのが、ここ「art biotope 水庭」です。
2018年に完成し、その後、写真で「とても美しい!見たい!」と、思っていましたが、今回、福島の仕事帰りの寄宿先と決めたのでした。緊急事態宣言中で当然、不要不急の移動は厳しい状況ですが、
庭の設営という肉体労働終了直後の福島から4時間以上の運転で、東京直帰は危険といった理由付きで
やっと来ることができました。
出来がったすぐを見ておいて、今、その3年後を見ておければ、もっと勉強になるでしょうけれども。植物の生長の流れ。実物を見て居ないとわからないものですよね。......ともあれ
日暮れ前に宿泊先に到着。チェックインして、早速宿の敷地内の庭へ。宿泊者はいつでも自由に庭が見学できます。
しかし、この日の朝は4時起きで、映画の庭のセット替えをしていたので、1万歩超えでヨレヨレ。
終日マスクをしていたのですが、考えてみたら、ソーシャルディスタンスを保てていたので外しました。
そしたら、当然ですが、フレッシュな風の香り深呼吸。
今や視界に人がいたら必ずマスクですものね。仕方がないですが。そして、感受性を全開に。
これらの落葉樹は、隣地のホテル建設用地からすべて移植されたそう。移植って、簡単にいうけど。
300本以上のブナ、コナラ、カエデなど、高さ大きさも、かなりのもの。地下支柱したのかなあ。
時折、枯れたり折れた木々も見かけましたが、幼苗から植わっていたのではなく、枯らさずに3年かけてここまで来たのは立派だ。いえ、心配だ。とか余計お世話を考えてしまいます。
自然が相手だと、予想外のことが起きる事自体が想定内。木の仕事は門外漢ですが、この世界はまた、奥が深い。
さて!覚えていますか。
2018年は、ツアーの最初に石上氏の設計によるパビリオンを見学に、オランダのヴィバーズブルグ公園に行きましたね。
(この頃のスマホは広角レンズがないのでこの幅しかとれませんでした)
また、2019年は、ロンドンのサーペンタイン・エキシビションへ。アフターツアーで。
偶然近くに居て、行くことができたのはラッキーでした。展覧会は、チャンス次第ですよね。
2011年のサーペンタイン・パビリオンでは、ペーター・ズントー&ピート・アウドルフのコラボガーデン、当時、歩けば3分のケンジントン宮殿脇のホテルにいたのに、開催を知らなかった事。
日本に帰国した日に見たgardens illustrationsで知った。一生悔やまれます。
さて、6年前にいただいた、S師匠の言をそのまま引用させていただきます。とても印象的だったので。
また「ランダム・マナー」は、私が目指すナチュラリスティックの植栽デザインにも、多いに共通するアイデア。
もちろんその模範はPiet Oudolf さんにありますが、それはたとえば、自然界が相手だと、言葉でいうほど簡単ではなく、自然界は、その何倍も手強い。
ことに日本の自然と、これから起こりうる温暖化の影響は。
なので結局、土地の水はけや、粘土質、火山礫土などのコンディションによって、まったく人間の思い通りにならないと思い知るのでした。
↑私も、中之条ガーデンズのナチュラルガーデンの土質には、未だに負けっぱなし。うまく言ってますとはいえないもの。
現地スタッフがすっごく頑張って、だいぶ良くはなってきたけれども。大雨が来る都度、排水が間に合わない。
大粘土層はそう簡単に壊れない。打ちのめされて、また頑張る!の、3年目です。
(天候が良さそうなので、6月10日(木)中之条ガーデンズ、夏の植栽で行く予定です)
なので、ここへやってきたのは、視覚的な楽しい経験というよりも....、勉強。
それも、他者がいない場所で、その空気というか、庭が放つ自然のエネルギーや、優れたアートが放つスピリチャルなオーラみたいなもののなかに、身を置けるなら、ぜひそこに宿泊し、朝に夕にそれを味わえたら素晴らしいではないか。と、期待して来たのでした。
排水が詰まると水が澱むので、その穴をマメに開けないといけないそうです。水は横を流れる清流を取り込んで、それぞれにつながったパイプを循環してまた清流に放出。だから詰まったら排水穴を開けて。
作業する人が入った景色。なかなか、よかった。ああしかし、木々は大丈夫ではなさそう。
我が家のイギリスナラもついに1本。枯れ始め、復活は難しそうなのだ。気を取り直して、
見学ツアーもありますが、宿泊すれば、好きな時間に自由に歩くことができます。
日暮れ前も、早朝も。清涼な空気、おもしろく配置された木と石と池。
ホテルの敷地にこうした庭があることは、巨大な価値です。
飛び石渡りは、ちょっとスリルあり。とにかく、いろいろなこと発見できたら、それを糧にして。
晴れた日の朝は特に良かったですが、もしかしたら雨の日や霧の朝も幻想的かも。
おたまじゃくし大量、カエルの合唱少しと野鳥の声と共にインスタには動画をいれました。
ただ、センシティブな感受性の扉を盛大に開いて受け入れ体制をとってしまうと「え?」も。
この看板は誰のデザイン? 石上氏ではないだろう。でも、なぜこんなにチグハグなグランド・デザインを?
水庭を見る前に、実は、ブツクサ独り言だらけ。右手の石組みを左と同じにしなかったのはなぜ?
一列に植わった草花が半枯れているけど、どうして植えたの?一列はやめてほしいな。
ここに植物は人工的に植えずに、ハルジオンがランダムに生えていたほうがよかった。
せっかくランダムマナーをテーマにしている庭なのにこれは変だ興ざめだ。などと
初めて訪ねる期待のアプローチで、出鼻くじかれ、超ブツブツの吉谷でした。
月に一度くらい、職人肌のガーデナーが愛を込めて少しづつ手を入れたら、もっとよくなるだろうか。
やはり、自然に任せていたら、ただ朽ち果てるだけ、有料で見せるならそこが難しい所以。
(なので、いろいろ思ってしまったところは、撮っていない)
私も、庭のデザインをしていて残念なのが、もともと存在する景色の背景までは自由にならず、角度を選んで庭を眺めるとか、妥協だらけで、言い訳のできない場面、いろいろ出て来ます。
だからこそ、うまく「緑は七難隠す」と行きたいのですが。それも半分枯れたり、変な形で伐採されてまた七難。
京都やイギリスの名園は、長い時間をかけて背景も美しく、庭と別のエリアのつながりも絵になるように計算されている。京都の庭園、あの造園保持力に心から尊敬を感じます。
ところで、話は戻りますが、2018年のオランダツアーで石上氏の作品を見学に、Vijnersburg 公園に行った記憶。
https://vijversburg.nl/ontdek-het-park-vijversburg/architecten/junya-ishigami/
あのとき、オランダ到着初の第一弾の庭見学で、ものすごく頑張って歩いて到達した Piet Oudolf先生デザインの庭。
雑草だらけで荒れた姿にガッカリしたのも、良い勉強になりました。
管理の問題。それ、本当に難しいです。たとえ有名なデザイナーの作品でも。
また、言葉で理想を語ることはできても、現実的に、庭ほど維持の難しい存在はないと、改めて認識するのです。
話を戻してと。
宿泊した施設では、せっかく面白いアイデアの屋台風バーカウンター。ホワイト・リムジン?!
面白いのになあ。こんなにいろいろゴチャゴチャ植物を置いたら残念です。
植物だけでなく、モノって放っておくと、増えてしまう。まさに、人間が「無意識」に作ると世界は「人工的」に見える。ランダムさを作るには「計画性」を持ってコントロールしなければならない。
それは、引き算とのせめぎ合いでもあり、嗚呼、反省しきり「人の振りみて我が身を直せ」が今回の教訓。
共感も反感も生じるでしょうが、思ったことを書いてみました。
そして無事に Back Home....。さっさと、じぶんち片付けろー。が、帰宅最初の第一声でした。
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