2019.6.19 / イギリスで訪ねた庭レポート
昨年の2018年の5月、世界的に有名な日本人ガーデンデザイナー、石原和幸氏のサポートメンバーとして、
イギリス・ロンドンで開催されたチェルシー・フラワーショーに、石原さんの庭をつくりに行ってきました。
早いもので、それから1年が経ちました。
(石原和幸氏は、今年2019年もチェルシー・フラワーショーに挑戦され、
見事、通算11個目のゴールドメダルを受賞されました!)
昨年のチェルシーフラワーショーで、石原さんのコンテストガーデンづくりに参加させていただき、
フラワーショー開催中の庭のメンテナンスもさせていただくことになって、都合3週間ほどイギリス・ロンドンに
滞在することができ、その間、ロンドン市内や近郊に点在する世界的に有名なガーデンをいくつも見て回りました。
こちらのディノスさんのコーナーで、僕が訪ねたロンドン近郊の12の庭をレポートさせていただくことなった
この企画、今回はその第10回目、「シシングハースト・カースル・ガーデン」を紹介します。
さて、今回ご紹介する「シシングハースト・カースル・ガーデン」は、ガーデン大国・イギリスにおいても
特別な存在として君臨していて、まさに「イギリスの至宝」とも呼べる名園です。
年間約200万人の観光客が全世界から訪れ、ガーデナーにとっても、まさに「聖地」とも呼べる場所なのです。
イギリス・ロンドンに発つ前の情報収集でも、このシシングハーストは別格で、ガーデン雑誌やネットの写真を
見るだけでも一人ワクワクしていました。
そして、僕のイギリス滞在期間中、最後の週末に、当時ロンドンに単身赴任していた高校時代の同級生が、
シシングハーストはじめ、ロンドンの南東部に位置するケント州に点在する名庭園をいくつかを
車で連れて行ってくれるということになり、その前日は興奮してなかなか寝つけなかったことを覚えています。
そして、待ちに待った訪問当日、ラッキーなことに、朝から快晴の空模様、いい写真が撮れそうです。
朝一番にロンドンを発って、10時前くらいには、もうシシングハーストのゲートの前に立っていました。
もう1年も前のことですが、今でも鮮明にその時のことを憶えています。
前置きはこのくらいにして、早速「シシングハースト・カースル・ガーデン」をご案内しましょう。
天気に恵まれて、美しい庭の写真をたくさん撮ってきましたので、
シシングハースト・カースル・ガーデンのレポート記事は、前編・後編の2部構成でご紹介いたします。
前編では、シシングハースト・カースルのシンボルでもある、タワー(塔)に登っての見下ろしのアングルで
撮影した写真を中心に、シシングハーストの全体像を掴んでもらえるようにレポートしたいと思います。
こちらはチケットオフィスとつながる建物で、サイロのようなとんがり屋根が連なり、
その先端には金属でできた帽子のようなものが取り付けられています。
風見鶏のような尻尾の部分が風を受け止め、くるくると回転しています。
この特徴的な建物は、ケント州とサセックス州にみられる「オーストハウス」と呼ばれる建屋で、
昔、醸造用ホップを乾燥させるため、室内で木や木炭を燃やしていたらしく、
屋根に取り付けられた金属の装置は、その排気塔のようなものでしょうか?
現在は、その役目を終えたオーストハウスの多くは、住居として活用されたり、
保存状態良いものはミュージアムや記念館として保存されているそうです。
ここシシングハーストでも、チケットオフィスや資料館として活用されています。
美しい建物に迎えられ、期待はますます募る中、いよいよガーデンへと向かいます。
ガーデンへの出入口になっている「Long Library(書斎)」と呼ばれている建物のエントランスホール。
このホールにさりげなく置かれていたのがこちら。
この日の見頃の花々が、小さなガラスの器に活けてあります。
一輪一輪、手書きで植物の品種名が書かれたラベルも添えてあります。
訪れたのがちょうど5月の末。
イギリスでは、まだバラの開花には早く、チューリップや水仙などの球根植物が旬を過ぎた、ちょうど過渡期。
この日の見頃は、アイリスのようです。
左端の黒板には、ヘッドガーデナーからのメッセージが書かれているようです。
とても細やかな心遣いとおもてなしですね。
日本の茶室の床の間に飾る、季節の花と相い通じるものがありますね。
そして、いよいよシシングハースト・カースル・ガーデンの中に入りました!
雑誌で見ていた、夢にも出てきた風景がすぐ目の前に広がっています。
赤いレンガの壁に誘引されたつるバラが、何と咲いているではありませんか!
まだバラの開花には少し早いはずなのに、なんてラッキーなんでしょう。
赤いレンガと赤いバラの花、そして緑の葉っぱのとのコントラストが
とても美しい風景をつくっています。
そして、目の前には、特徴的なフォルムのタワーが、聳え立っています。
450年以上前のチューダー王朝時代の建築様式の建物だそうです。
こちらのタワーも赤いレンガが積み上げられた造りで、
その壁面をつる性の植物が駆け上がり、美しいコントラストを作っています。
少し引いて、左側の建物(Main House と Long Library)と右側の塔(Tower)の位置関係を、
超広角レンズ(10mm)で撮影してみました。
真ん中の芝生が敷かれたエリアは「Front Courtyard」と呼ばれるゾーンで、
タワーを通り抜けた右側には「Tower Lawn」と呼ばれるもうひとつの芝生ゾーンが広がっています。
ここで、シシングハースト・カースル・ガーデンについて、歴史的な背景を簡単にまとめておきます。
「ハースト(hurst)」とは、古い言語で『囲まれた森』を意味するそうです。
中世に、防御用として備えられた3つの堀を持つマナーハウスとして建てられ、
その後、16世紀には、時の女王・エリザベス1世を迎えるほど由緒ある大邸宅だったのですが、所有者の没落後、
捕虜の収容所や貧民救済院、農業労働者の住宅などとして使われて、半ば廃墟のように遺棄されていたそうです。
1930年代に、詩人のヴィタ・サックヴィル=ウェストと、その夫で外交官であったハロルド・ニコルソンが
この地を購入し、20年以上の歳月をかけて建物の修復や庭園の整備を行ったそうです。
タワーを抜けて、階段を下りると、もうひとつの広場「Tower Lawn」に出ます。
こちら側にも、タワーの足元につる性の植物が絡み付いて、建物と一体の風景を作っています。
左側の黄色い花はモッコウバラのような感じです。
タワーの両サイドには高いレンガ積みの壁が建っていて、壁面にはつるバラが誘引されています。
その足元にはボーダー花壇がつくられています。
タワーの真下に立って、見上げてみました。
横長のフォルムの塔はとても個性的で、その優美な姿で天を衝くようにそびえ立っていました。
かつて広大な鹿狩場を見渡すために建てられた塔は、屋上まで上ることができ、
そこから庭園全体を見下ろすことができるようになっています。
事前に集めた情報でも、まずはこのタワーに登って、庭全体の構造を把握した方が良いということだったので
ガーデンを巡る前に、このタワーを登る事にしました。
タワーの中には、木造の細い螺旋階段があり、手すりにつかまりながら上へ上へと登って行きます。
観光客が多くなると、このタワーに登る階段もきっと大渋滞するでしょうから、早めに登って大正解でした。
途中、いくつかの階では、階段につながる小部屋がありました。
詩人であるヴィタは、主にこのタワーで創作活動を行っていたそうです。
はやる気持ちを抑えて、一気に螺旋階段を駆け上りました。
扉を開けると、屋上の展望台に出ます。
ここから、タワーの東側、西側に開けた眺望と、眼下のガーデンを見下ろす事ができます。
まずは、タワーの西側を見てみましょう。
今、ガーデンに入って来たゲートのある建物が、手前に横長に伸びる「Main House」 と「 Long Library」。
その奥右側には、金属の排気塔を持つ、旧・ホップ醸造小屋(現・チケットセンター)が見えます。
さらにその奥には、どこまでも続く緑豊かな美しい田園風景が広がっています。
先ほど通って来たチケットセンターを兼ねた旧・ホップ醸造小屋の建物をカメラの望遠レンズで見るとこんな感じ。
それにしても何とも美しい建築なのでしょう。
赤いレンガ作りの壁と屋根が、緑豊かな環境の中にとても美しく調和しています。
屋根の上に取り付けられた銀色の排気塔がいくつもリズミカルに並び、風景のアクセントになっています。
視線をタワーの北西方向に向けてみましょう。
左の建物(Long Library)に直交するようにつくられた城壁は、かなり古く、
かつて廃墟と化した頃の風情を現代に伝えています。
その壁面の手前につくられた花壇は、「Purple Border」と呼ばれる一角で、
紫色の花や葉を持つ植物が効果的に配置された花壇です。
城壁の向こう側(画面右上)には、「Priest's House」と呼ばれる邸宅が建っています。
続いて、タワーの北東方向を見下ろしてみます。
ここには、シシングハースト・カースル・ガーデンの名を世界に知らしめた「ホワイト・ガーデン」があります。
緑の生け垣に囲まれた、白い花と銀葉植物だけで構成されたガーデンです。
ホワイト・ガーデンの中央には、ガゼボに誘引されたランブラー・ローズがあるのですが、
上空から見る限りでは、残念ながらまだ咲いていないようです。
ただ、その周辺にはいくつもの白い花が咲き、銀葉の植物も旺盛に茂っています。
ホワイト・ガーデンの東側(写真右側)には、イチイの木を刈り込んでつくられた
緑の塀に囲まれた通路(Yew Walk)が見えています。
続いて、タワーの東側に目を向けてみます。
幾何学的な構成で緻密に設計されたシシングハースト・カースル・ガーデンの中で、
ワイルドな雰囲気でつくられた果樹園(Orchard)が、タワーの眼下に広がっています。
東に向かって伸びる道の突き当たりには、濠があり周囲には高い木々が生い茂っています。
さらにその奥に方には、深い森が果てしなく広がっています。
逆に、画面手前、タワーの足元には、左右(南北)に伸びるイチイの通路(Yew Walk)が見えています。
一部、高さが異なるのは、現在、修復・育成中なのかもしれません。
画面右端に見えるのが、コテージ・ガーデン(Cottage Garden)の横に建てられた邸宅(South Cottage)です。
続いて、タワーの南東方向です。
画面中央のレンガ積みの高い塀の向こう側に見えているのが、「Rose Garden」です。
その中心部には、イチイの木を刈り込んで作られた円形の広場が見えます。
画面左端に見えているのが、「South Cottage」と呼ばれる邸宅で、夫・ハロルドが仕事やプライベートで
使っていた建物だそうです。
その建物に隠れた奥に、「Cottage Garden」が作られています。
シシングハースト・カースル・ガーデンの敷地は、450エーカー(東京ドームおよそ39個分)という広さがあり、
庭園は、森や小川、農地の広がる田園風景の中心に位置しています。
ケント州に生まれ育ったヴィタは、この地の森林風景を深く愛していたそうです。
庭が、周囲の環境と調和していることが、ヴィタとハロルドが最も大切にしたことだったそうです。
「Rose Garden」の中央に見える円形の芝生広場。
タワーの足元の広場(Tower Lawn)から細い道を辿ってレンガの壁を抜けると、この円形の芝生広場に出ます。
この円形広場から東西南北の4方向に小径が伸び、小さく仕切られた「ガーデンルーム」形式の庭へと続きます。
タワーの南側に広がる「Rose Garden」を引きのアングルで見てみましょう。
円形の芝生広場の右側にも「Rose Garden」は広がっていて、小径でいくつかのブロック(Garden Room)に
分割されています。
それぞれの「Garden Room」には、決められたテーマや色に沿って植栽がされています。
「Garden Room」などのガーデン全体の骨格を決めるデザインを行ったハロルドと、詳細な植栽計画で
色とりどりの花に溢れたロマンティックな庭造りに専念したヴィタのコラボレーションの賜物です。
ローズガーデンの最奥(西端)には、半円形のレンガ壁が見えています。
この壁面も、シシングハーストのガーデンの中で有名な場所で、是非、実際に訪れて見てみたかった場所です。
こちらが、その「Rose Garden」の西端にある半円形の壁面のアップ。
この壁面に、ペルル・ダ・ジュールという青い花の咲くクレマチスが誘引されいるのです。
壁面を埋め尽くすように青い花が咲く満開の頃の写真を見たことがあるのですが、それは美しいシーンでした。
残念ながら、僕が訪れたこの時期は、まだ開花には少し早かったようです。
タワー屋上の展望台をぐるっと一周して、再びタワーの西側に戻りました。
今度は視線を下げて、タワーの足元を見下ろしてみます。
そこには、赤いレンガ色の壁と屋根を持つ美しい建物が、翼を広げるように横一文字に広がって建っています。
建物の中央に穿たれたアーチ状の通路部分が、このガーデンに入ってくる入口になります。
この建物の前後に見える青い芝生敷きと、赤いレンガづくりの建物のコントラストが本当に美しいです。
さらにゲート部分をクローズアップしました。
赤いレンガ壁に誘引されたつるバラが、この建物を一層、引き立ててくれています。
昨今、ドローンで撮影した映像を見る機会が多くなりましたが、
普段見ることができない「俯瞰のアングル」や「引きのアングル」で、風景の全貌を見ると、
スケール感やどんな位置関係になっているのかが、とても良く分かりますね。
シシングハーストでは、タワーに登って屋上の展望台からガーデン全体を見渡せることができる、
ということがとても素晴らしいです。
他のガーデンにはなかなかない視点と体験を与えてくれるという点でも、
シシングハースト・カースル・ガーデンは、唯一無二の存在であるといえるのではないでしょうか?
とりあえず、タワーに登って、俯瞰でシシングハーストの全貌を把握しました。
如何でしたでしょうか?
これからタワーを下って、ゆっくりと美しいガーデンを巡りましょう。
「イギリスの宝石」と称えられるシシングハースト・カースル・ガーデン。
想像をはるかに超える素晴らしいガーデンです。
次回は、「シシングハースト・カースト・ガーデン編(後編)」と題して、
地上からこの素晴らしいガーデンをレポートしたいと思います。
乞うご期待ください。
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