2021.6. 9 / ガーデニング術
6月に入り、我が家の庭もすっかりバラの風景から、梅雨の花・紫陽花の庭へと変わってしまいました。
さて、今回は僕の興味が日に日に増している「フジ」について書いてみようと思います。
といっても、植物としてのフジの特性とか育て方とかではなく、「風景をつくる」素材として、
「フジ」にフォーカスしてみたいと思います。
僕が、自宅ガーデンを本格的にリフォームし、バラの庭を作り始めたのはもうかれこれ10年近く前になります。
その時は、建物と一体となって風景を作れる植物ということで、「つるバラ」に注目しました。
フジも、同じつる性の植物であるのですが、フジの木はとても旺盛に生育し、狭い個人の庭に植えると
後々大変なことになる、という漠然とした恐怖心もあって、つるバラを使って庭の風景を作ることを始めました。
それから数年が経ち、近所の団地の再開発の話が持ち上がり、団地に隣接した公園にあるフジの木(上の写真)を
はじめ、樹高15mはあろうかという、地域のシンボルツリー的なケヤキの大木など、
公園の既存樹木が全て切られてしまうという話が持ち上がりました。
自治会で樹木の保存運動を行い、シンボルツリーのケヤキの大木はそのまま保存されることになった反面、
その他の樹木はほとんど伐採されることになり、パーゴラに仕立てられた上の写真のフジは、
別の場所に移植することになったのです。
写真は数年前のもので、市が管理しているものの、ほぼ放置状態で、そんな中でも開花時には見事な風景を
見せてくれていたのですが、その後、樹勢を落とし、ここ数年は花を咲かすこともできなくなっていました。
そんなことから、フジについていろいろ文献や資料、ネットからの情報を読み漁るようになり、
ますますフジへの関心が高まっていったのでした。
ちなみに、この近所のフジの木は、昨年末に、樹木医の方により「追掘り」という、根を追いかけるように掘り取る
移植方法で別の場所に移されました。
剪定してかなりコンパクトになったのですが、うまく活着して、この春はほんの少しですが、花も咲かせました。
町内のフジの木の移植騒動を機に、改めて「つる性植物としてのフジ」の木が作る風景に注目し、
ここ数年のうちに自分自身の目で見た、国内外のフジがつくる美しい風景を整理してみようと思いました。
僕が住む街・奈良でフジと言えば、ここ春日大社。
藤原氏の氏神でもあり、全国に約1000社ある春日大社の総本社でもあります。
「古都奈良の文化財」のひとつとして、東大寺や興福寺などとともに
世界遺産にも登録されています。
藤原氏ゆかりの神社ということもあり、社紋は「下り藤」で、
境内にある上の写真の「砂ずりの藤」は、樹齢800年とも言われ、
見頃の時期には、藤棚に仕立てられた枝から伸びる花房が1m近くも垂れ下がり、
地面を擦るほどに伸びることから、その名がつけられた銘木です。
春日大社のある春日山原始林や奈良公園には、自生するフジの木も多くあり、
スギなどの大木に絡みつくように枝を高く伸ばし、樹々の間から顔を出し、
枝垂れ咲く薄紫色の藤の花に、目を奪われます。
自然界にある元々のフジは、このようなありのままの姿であったのだろうと思いますが、
バラと同様、人が手を加えることで、より花数を増し、より美しく咲かせる術を得て
現在、様々な場所で見る美しいフジが作る風景に出会えているのだと思います。
こちらは、春日大社神苑にある萬葉植物園内の「藤の園」の風景。
万葉集に詠まれた植物、約300種が栽培され、特にフジは20品種、約200本が植栽されています。
一般的に、フジはフジ棚(パーゴラ)に仕立てられることが多いと思いますが、
ここ萬葉植物園では、一般的な「棚造り」ではなく、「立ち木造り」という形式で仕立てられたフジが多く、
フジ棚のように見上げずに、目線の高さで咲いた風景を楽しむことができるよう、独特の演出がされています。
(※ この春日大社神苑・萬葉植物園のフジについては、「後編」で詳しくご紹介する予定です。)
こちらは、現在、開祖・鑑真和上ゆかりの薬草園を再興するというプロジェクトに、ガーデンデザイナーとして
関わらせていただいている、こちらも「古都奈良の文化財」のひとつ、唐招提寺の境内にある白藤。
低めのフジ棚に誘引された白藤は、枝垂れさせるというより、パーゴラの上にこんもりと茂るように
大きな花を咲かせる仕立てになっていて、唐招提寺らしい、とてもしっとりとした風情を感じるフジです。
(※ 薬草園PJの詳細は、バックナンバー記事をご覧ください。→「唐招提寺・薬草園プロジェクト」)
フジと言えば、第一人者である塚本このみさんが手掛けられた足利フラワーパークや、はままつフラワーパークなど
大藤のトンネルを語らずにはいられないのですが、残念ながら、まだ実物を見たことがないのです。
実は、昨年・今年と浜松にフジを見に行きたかったのですが、コロナ禍ということもあって、
見に行くことができませんでした。
是非、近いうちに見に行きたいと思っています。
かわりに、関西にあるいくつかのフジの名所を訪ねた時の写真を振り返ってみたいと思います。
こちらは、滋賀県蒲生郡日野町鎌掛にある、正法寺という臨済宗妙心寺派の小さな禅寺にある藤棚です。
一般的なフジ棚では、その下を歩けるようにしていると思いますが、ここではフジの下に行けない反面、
フジの枝を誘引した井桁の天井を斜めにすることで、フジの花が重なり合って、よりボリューム感が出るように
仕立ててあります。
他ではあまり見ない仕立て方ですが、とても美しく見えました。
こちらは、正法寺のとなりにある「花の郷・日野ダリア園」にあるフジのトンネル。
秋のダリアや春のシャクヤクで有名な場所ですが、園内の端にある、簡素な単管パイプで作られたフジ棚に
誘引されたフジも見事でした。
枝垂れ咲くフジの花をトンネル状に咲かせるのは、フジの特徴を最大限生かした見せ方だと思います。
※ 正法寺と日野ダリア園のフジは、バックナンバー記事でも詳しく書いています。
こちらを、ご覧下さい → 「フジの名所、滋賀県・正法寺と日野ダリア園」
こちらは、関西園芸界の雄、大阪府枚方市にある京阪園芸さんの本社・ショップ横の建物に誘引されたフジ。
つるバラで作る風景と同じく、僕が目指している「建物と植物が一体となった」理想的な風景です。
日本では、このような事例を見ることはまだ少ないのですが、パーゴラ仕立て一辺倒ではなく、
うまく壁面に誘引して建物と一体感のある風景をデザインすることができれば、
日本の街並みももっと美しくなるのではないかと思っています。
さて、ここからは海外の事例をいくつかご紹介したいと思っています。
といっても、そんなにたくさんの事例を見たことがあるわけではないのですが、
このディノスさんのブログでも書かせていただきましたが、
2018年、イギリス・ロンドンで開催された、世界最大級のガーデンショー・「チェルシーフラワーショー」に、
世界的ガーデンデザイナーの石原和幸氏のサポートメンバーとして帯同させていただいたことがあるのですが、
(※ 詳しくは、バックナンバー記事をご覧ください。→「石原和幸氏の「おもてなしの庭」ができるまで」)
その際、約1ヶ月近くロンドンに滞在していまして、ロンドン近郊の様々なガーデンを見る機会がありました。
そこで見かけたフジのある風景をご紹介したいと思います。
こちらは、スタッフの宿舎のあったロンドン市内のホランドパークのすぐ近くの住宅街で見たフジのある風景です。
赤いレンガブロックの壁面に白い窓の縁、薄紫色のフジの花の組み合わせは鉄板で、とても美しいです。
同じ邸宅を正面から見たところ。
フジ自体は、日本にある一般的なフジとそう大差ない感じですが、一体的に見せる背景の建物が変わるだけで
和のイメージのフジが、一気に洋風に見えてしまうのが不思議です。
レンガブロックの壁を伝うツタも趣き深く、白い窓枠の中で黒い玄関扉が空間を引き締めています。
全てが素晴らしいです。
近くにあったこちらの邸宅にも、2階の高さまで壁面にフジが誘引されています。
手前の道路側の隅には、同じつる性の植物で黄色い花が咲くキングサリーも咲いていました。
バラのような華美な花はひとつもないのに、瀟洒な建物と相まってとても上品で美しい景観を作り出していました。
こちらも、近くの邸宅に外観に誘引されていたフジです。
旺盛に茂ったフジの花が、街に覆いかぶさるように張り出しています。
これだけの薄紫色のボリュームが突然目に飛び込んでくると、思わず脚を止めて目入ってしまうインパクトが
あります。
こちらは、ホランドパーク内のゲート部分に誘引されたフジ。
我が家の建物外壁に誘引しているつる、バラでつくっている風景に近いものがあります。
枝垂れ咲く花の下を通って次なるスペースへと誘う、そんな空間の切り替えの役割を果たしているように思います。
(※ 詳しくは、バックナンバー記事をご覧ください。→「ホランドパークとその周辺の街並み」)
こちらは、チェルシーフラワーショーの会場近くの、世界でも有数の高級住宅地、チェルシー地区にある薬草園、
チェルシー・フィジック・ガーデン(Chelsea Physic Garden、チェルシー薬草園)の入口の向かいにある住宅。
ここでは、建物の外壁ではなく、外構のフェンスにフジを誘引していました。
外構の白い壁の上の黒いフェンスに、青紫色のフジの花がびっしりと咲き誇り、見事な風景を作っていました。
(※ 詳しくは、バックナンバー記事をご覧ください。→「チェルシー薬草園」)
実際の庭だけでなく、チェルシーフラワーショー2018に出展されたショーガーデンでも、
フジを使ったガーデンがありました。
こちらがそのガーデンで、イングランド北部に位置する、
この庭は、この年のショー・ガーデン部門でゴールドメダル(金賞)受賞、人気投票(People's Choice Awarads)
でも、
日本人が里山風景を「日本の原風景」として思い描くように、イギリス人には、この庭が表現する
イギリスの片田舎の風景を「イギリスの原風景」として思い描くのかもしれません。
(※ 詳しくは、バックナンバー記事をご覧ください。→「チェルシーフラワーショー2018」)
こちらは、イギリス在住の日本人ガーデナーさんに連れて行ってもらったロンドン近郊、サリー(Surry)州にある
「CHAUFFEUR'S FLAT」というお庭で見たフジのある風景です。
イギリスには、「ナショナル・ガーデン・スキーム(National Garden Scheme)」というしくみがあって、
全国の美しい庭を持つオーナーに向けて、「素敵な庭を皆さんに見せてください、そしてささやかな入場料を
私たちに寄付してください。」と呼びかけ、それらの寄付金を医療系の慈善団体に贈り、その活動を支えています。
「ナショナル・ガーデン・スキーム」では、「イエローブック」の愛称で呼ばれる黄色い装丁のハンドブックを
州ごとに発行しています。
こちらのお宅は、そのイエローブックに掲載されていて、オーナーは元・学校の美術の先生をされていた方です。
ガーデンには、オーナーの美的センスで様々な演出がされていますが、この窓回りに誘引されたフジの風景も
見事でした。
(※ 詳しくは、バックナンバー記事をご覧ください。→「ナショナルガーデンスキームに参加の個人庭」)
こちらは、ロンドンから車で約2時間、コッツウォルズ地方の中心地、ピッチング・カムデンからほど近い場所に
ある、ガーデナー憧れの聖地「ヒドコート・マナー・ガーデン」で見たフジの風景。
ガーデンへ入るエントランスを抜けてすぐの目の前の建物の壁面に誘引されていた巨大なフジの木です。
コッツウォルズ地方特有のはちみつ色の石で作られた建物と、たわわに咲き誇る薄紫色のフジの花の
コラボレーションが、とても美しい景観をつくっていました。
しばしこのフジの巨木の前に立ちすくんでしまいました。
(※ 詳しくは、バックナンバー記事をご覧ください。→「ヒドコート・マナー・ガーデン」)
続いては、ヒドコート・マナー・ガーデンのすぐ横にある「キフツゲート・コート・ガーデンズ」で見た
フジのある風景。
2018年のイギリスの庭を巡る旅で、一番楽しみにしていたのが、ここ「キフツゲート・コート・ガーデンズ」。
イギリスに発つ前に様々な書籍やガイドブックでイギリスの名園を調べましたが、
その中で最も僕の心を掴んだのが、ここ「キフツゲート・コート・ガーデンズ」でした。
僕の庭造りにおいて、一番大切にしているのが、背景となる建物と庭の調和です。
キフツゲート・コート・ガーデンズでは、「建物と庭に植えられた植物が織りなす風景」がとても美しいのです。
メインの建物であるギリシャ神殿風の建物はシンメトリックなのに、その前にに植えられた植物は非対称、
向かって右側の壁面から建物を支えるイオニア式の円柱にかけて、フジが誘引されています。
ギリシャ神殿は白い大理石を使って建てられていますが、ここではヒドコート・マナー・ガーデンと同様、
コッツウォルズ地方特有のはちみつ色の石で建てられた厳格なオーダー(構成)の神殿風建物と、
自然樹形で咲く薄紫色のフジの相性がとても素晴らしいと感じました。
(※ 詳しくは、バックナンバー記事をご覧ください。→「キフツゲート・コート・ガーデンズ」)
こちらは、世界最大級のガーデンショー、チェルシーフラワーショーを主催する、英国王立園芸協会(RHS)が
運営するガーデンのひとつ「ウィズレー・ガーデン」の中で見たフジのある風景。
「ウィズレー・ガーデン」は、ガーデニングの参考になるモデル庭園や、ガーデニングのスタイルを提案するために
作られた巨大なショーガーデンパークといった位置づけで、園内には世界各国、様々な地域のガーデンが
再現されています。
写真は、イギリスの田園風景を思わせる、のどかな牧草地のような風景の中に小川が作られ、
木製の橋が架けられています。
その橋の両側からフジの木が誘引され、下垂したフジの花が橋を着飾るように演出されています。
あまり他では見た事がない、珍しいフジの見せ方だと思いました。
(※ 詳しくは、バックナンバー記事をご覧ください。→「ウィズレー・ガーデン」)
こちらは、かつて王宮として使われていた「ハンプトン・コート宮殿」の中で見たフジのある風景。
他の有名なガーデンは、ロンドン郊外に点在していて、車がないと不便なのですが、
ハンプトンコートはロンドン市街地から地下鉄で気軽に行くことができる観光名所です。
かつての王宮ということで、贅を尽くした建物や広大な庭など見どころ満載なのですが、
僕が気になったのは、ガーデンの最奥の方にあるこちらのレンガ造りの大きな壁面。
この壁面全体を覆うように誘引されているのがフジの木です。
訪問した時には既にフジの花は終わっていたので、この壁面全体にフジの花が咲いた風景を見ることができなかった
のですが、フジの花が満開の頃はきっと壮観でしょうね。
旺盛に茂るフジの枝の剪定は大変なので、ここを毎年美しく彩るために、壮大な労力が掛かっているのは
想像に難くありません。
(※ 詳しくは、バックナンバー記事をご覧ください。→「ハンプトン・コート・パレス・ガーデンズ」)
こちらは、イギリスの至宝と称される名庭園、「シシングハースト・カースル&ガーデンズ」。
2018年にロンドンに滞在していた頃に見に行った、イギリスを代表するガーデンの中で、最も刺激を受けた庭です。
全てが素晴らし過ぎて、ここでは語りつくせないので、ご興味がある方は、バックナンバー記事をご覧ください。
(※ 詳しくは、バックナンバー記事をご覧ください。→「シシングハ―スト・カースル&ガーデンズ(前編)」)
(※ 詳しくは、バックナンバー記事をご覧ください。→「シシングハースト・カースル&ガーデンズ(後編)」)
写真は、シシングハースト・カースル&ガーデンズの中の「Moat walk」と呼ばれるボーダー花壇。
中央の道には芝生が敷かれていますが、この道は通行する道ではなく、道の両端からこのボーダーガーデンを眺める
ように設計されています。
向かって左側のレンガ壁の後ろから白藤が、見事に枝垂れ咲いています。
白藤の反対側には、黄色やオレンジ色のツツジが咲き誇っています。
奥に見える糸杉、芝生の奥に見えるフォーカルポイントの彫刻、全てが計算尽くされてデザインされています。
ここのフジは、薄紫色ではなく、きっと白でなければならないのだと思います。
本当に素晴らしい空間でした。
最後は、こちら。
イギリス在住の日本人ガーデナーさんに案内していただいたガーデンで、
イギリス南部の海に面した町、「ポートリム」にある、彼女の職場でもある「ポートリム・ガーデン」。
ポートリム・ガーデンは、1911年から1920年にかけて、フィリップ・サッスーン卿の依頼でつくられ庭です。
ポートリムの丘からの遠くドーバー海峡まで見渡せる素晴らしい眺望に心を奪われ、この土地を購入したそうです。
サッスーン卿は、イギリス首相のチャーチルや、喜劇王のチャップリンなど、多くの著名人を招待し、
上流階級の人々の社交場としていたそうです。
写真は、メインの建物から遠く海を見渡せる眺望を得るためのテラスと、そのテラスの下に作られた橋のような
空間です。
ここにフジの木が誘引されています。
構造物と一体となったフジが作る風景は、本当に美しいです。
(※ 詳しくは、バックナンバー記事をご覧ください。→「ポートリム・ガーデン」)
如何でしたでしょうか、国内外で僕が見て来たフジの木が作る美しき風景。
パーゴラ仕立てで演出されるフジのトンネルや、立ち木造りで重なり合うフジの風景。
日本のフジは、フジの木や花が持つ美しさを追求した仕立て方が多いように思います。
反面、イギリスで見たフジは、建物の外壁やフェンス、橋やテラスといった構造物と一体となって風景を作ることに
主眼を置いているように思います。
同じ植物の仕立て方、風景の作り方の違いを改めて感じ、いろいろアイディアやイメージも湧いて来ました。
今後、自分が作る庭や風景、街並の中に、フジを活用して行くことが出来ればと思います。
次回は、後編として、奈良春日大社神苑・萬葉植物園のフジが作る風景を、より詳しくご紹介したいと思います。
乞うご期待下さい。
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